ミステリー作家の柚月裕子 孤高の検事を通じ描く正義
骨太な作風で知られるミステリー作家、柚月裕子。最新作は、累計42万部を超える「佐方貞人」シリーズ6年ぶりとなる短編集『検事の信義』だ。
2015年から上川隆也主演でドラマもシリーズ化された人気シリーズの第4弾で「罪をまっとうに裁かせること」の一念で事件を徹底的に調べ、真相に迫る若手検事「佐方貞人」が描かれる。
4つの短編からなる最新作では、幼なじみの覚せい剤取締法違反を証言するスナック経営者、認知症の母を殺害した息子など、事件へのかかわり方や立場も様々な人々の本心が明かされていく。
シリーズの歴史は、デビュー10周年の作家歴とほぼ重なる。警察や暴力団、法廷の闘争といった男くさい世界観に女性らしい細やかさを編み込んだハードボイルド系女性作家として、唯一無二の存在感を放ってきた。デビュー2作目に書き上げた長編『最後の証人』に、元・検事の弁護士として登場させたのが佐方だった。
「『最後の証人』のあとに、短編の依頼がありました。でも同じように法廷を舞台にすると、短編では描ききれないと思いまして。法廷に上がる前の事件を描くのであれば短編として成立するだろうと、検事を主人公にすることを決めたんです」と、佐方貞人がシリーズ化した原点を語る。「シリーズ化を意識して書き始める作品は1つもありません」とも。
しかし今や、暴力団組織の激しい抗争を描く「孤狼の血」と、「佐方貞人」の2つのシリーズを手掛けるように。『孤狼の血』は昨年、役所広司主演で映画化され、続編も製作中だ。
「『このシリーズの新作はこういうテーマでいこう』と決めるのではなく、思いついたテーマに対して『あ、これは佐方が合う!』とキャラクターが浮かんで決まっていく感じですね」と、創作過程を語る。「どんな事件の犯人でも、その人の中にある複雑な要素が絡み合うことが事件を起こすことにつながります。事件がなぜ起きたのかを解くために、佐方は人間を見つめる。検事だからではなく、佐方という人間だから、事件の鍵となる些細な事象に引っかかる。事件にかかわる人の動きを丁寧にひも解いていくのが、佐方なんです」
シリーズ2作目『検事の本懐』文庫版の解説で、大沢在昌は柚月の魅力を「『不公平なことに対する怒り』が芯にある」と語った。柚月自身も、「私、フェアっていう言葉が好きなんです」と明かす。「小学校を3回変わるほど、子どもの頃に転校が多かったんです。そうすると、周りのみんなが知っていることを、私だけ知らない状況になります。例えば、町内の神社の場所や由来など、本当に小さなことです。そういう体験を繰り返すうちに、知っていることや価値観が人によって異なるのは自然なことだと学んでいきました。何が正しいか、何を恥とするかは、人によって違います。また、同じ人の中でも1年前と10年前とでは正義の形が変わります」
「正義とは何かという問いへの答えが、自分でまだ出ていないから書き続けているところはあります。ハッピーエンドかどうかは別にして、読者に納得して本を閉じてほしいと常に意識しています」
(日経エンタテインメント!7月号の記事を再構成 文/土田みき 写真/鈴木芳果)
[日経MJ2019年7月12日付]
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