石原裕次郎 「脚線美」見せつけたオーダー短パン服飾評論家 出石尚三

■トレードマークの短パンはオーダーメード

さて、アロハ・シャツとともに裕次郎のトレードマークとなっているのが「短パン」です。裕次郎は学生時代から「短パン」が好きでした。自宅に客があっても裕次郎は平気で短パン姿で現れ、慎太郎は弟をたしなめたことがあるともいいます。

ここでの短パンは後の時代のショート・パンツとは別物と思っていいでしょう。当時では限りなく下着のパンツに近い、今ならトランクスと呼ばれるような代物です。その姿は海洋アクション映画「鷲と鷹」でも見ることができます。ただし、白無地ではなく、アロハ・シャツ同様に、派手な柄物でした。この短パンの柄もおそらく裕次郎による「デザイン」だったはず。なぜなら昭和30年代にそんなものは簡単には見つけられなかったからです。

裕次郎がアロハ・シャツのような柄の「短パン」を好んだ理由の一つにはたぶん、慎太郎への当てつけがあったのではないでしょうか。慎太郎にはとてもできないことを、わざとやって見せたのではないか。しかも裕次郎は脚がきれいです。あの脚線美なら自分の脚を披露したくなるのもよく分かります。裕次郎はハワイに別荘がありましたが、そこでの普段着のほとんどがショート・パンツでした。

では、裕次郎は星の数ほどあった「短パン」をどのようにして手に入れたのでしょうか。独特の柄とカットのきれいさ。買い集めたとはとても思えない。ほとんどすべてオーダーメードであったのでしょう。

裕次郎は著書でこう告白しています。「服のデザインは全部ボクがやる。『地味な生地で、派手なデザイン』というのがボクのモットーだ。若い者にはこれがいちばんよく合うと思う。」(石原裕次郎著「わが青春物語」)。裕次郎はあるとき、親しかった長嶋茂雄とおそろいで、裕次郎がデザインしたラグビー・ジャージーを愛用したこともあったようです。白い襟で大胆な切り替えのラグビー・ジャージーですら、自分でデザインしたというところに、彼のこだわりが感じられるのです。

■21歳で出会った同じ年のテーラーを専属に

服にこだわりがあった裕次郎は、生涯に5000着もの服を仕立てたといいます。そのほとんどを手掛けたのが、東京・渋谷に店を構えていたテーラー、遠藤千寿でした。短パンも遠藤千寿の仕立てたものであったといいます。

長身でがっちりした体型に遠藤千寿氏の三つ揃いがよく似合った(c)石原プロモーション2019

遠藤と裕次郎は同学年。裕次郎が21歳の時に2人は出会います。独立する前の遠藤は洋服店に勤めており、にっかつの撮影所に出入りしていました。顧客となった俳優の1人、長門裕之の自宅でスーツの注文を取っているとき、たまたまデビューしたての裕次郎が長門を訪ねてきたのです。そこで裕次郎はこう言いました。「俺も作ろうかな」

SUITS OF THE YEAR 2019
男と女 ときめくギフト
Watch Special 2019
SUITS OF THE YEAR 2019
男と女 ときめくギフト
Watch Special 2019