男性の育休「取れても取るな」を改めよう
ダイバーシティ進化論(水無田気流)
「男性の育児休業」が話題である。先日、スポーツ用品大手アシックスの男性社員が、いわゆる「パタハラ(父親への嫌がらせを意味するパタニティハラスメントの略)」を受けたとして同社を提訴した。
男性側は、育休明けにこれまでの人事部から倉庫の荷下ろしなどの業務に配置転換を命じられたことは、他の男性社員をけん制するための「見せしめ」とも認識しているという。ネット上では賛同する意見が多々上がる一方、男性が育休を2回取得したことに対し、「企業や同僚への負担を配慮すべきだ」「少々常識外れでは」など男性側に疑問を呈する声も出た。
私見では、これは日本の職場における「制度と実態の乖離(かいり)」の典型例だ。国連児童基金(ユニセフ)の報告によると、給付金などの支給制度を持つ育休期間の長さで日本は男性で1位だが、実質的には取得が困難で「絵に描いた餅」だからだ。
厚生労働省の「2018年度雇用均等基本調査(速報版)」でみた男性の育休取得率は6.16%。女性(82.2%)に比べ圧倒的に低い。15年度の同調査によると、男性の育休取得日数は「5日未満」が6割近くを占め、「1カ月未満」が8割超と極めて短い。
背景には男女の賃金格差問題も横たわっている。育休中は原則給与は支払われないが、雇用保険加入者は育休開始から6か月間は休業前賃金の最大67%、その後最長2歳まで50%を受給できる。だが男性の平均給与水準が女性より圧倒的に高い日本では、男性の育休取得が家計に与えるダメージは大きい。さらにパタハラの恐れまであっては、この国で男性の育休は、実質的に「取れても取るな」ではあるまいか。
6月には自民党の議員連盟が男性の育休取得の義務化をめざす提言を安倍総理に提出。たとえ男性社員から申請がなくても、企業側が育休を取らせる制度の創設が眼目である。大枠では推進すべきだと考えるが、上述の理由から導入には様々な調整が必要となろう。
先日、「夫が育休を取得した妻」たちの話を聞く機会があった。「妻と交代で夫が育休に入ったが、子供の世話をせずゴロゴロしてばかり」「夫と子供2人分の世話がかえって大変」などの悩みもでた。これもまた制度と実態の乖離問題であろうか。それでもダイバーシティ推進に向け、期待せずにはいられない。
1970年生まれ。詩人。中原中也賞を受賞。「『居場所』のない男、『時間』がない女」(日本経済新聞出版社)を執筆し社会学者としても活躍。1児の母。
[日本経済新聞朝刊2019年7月8日付]
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