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旅・風景

フィレンツェに降臨 動き出すダ・ヴィンチとモナリザ

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/7/14

ナショナルジオグラフィック日本版

フィレンツェの狭い裏通りを歩くバルテー・コンティさん。1990年からレオナルド・ダ・ヴィンチの再現役者をやっている。言葉を発することなく匿名で演じられる再現役者が、自分には合っていると語る(PHOTOGRAPH BY PAOLO WOODS AND GABRIELE GALIMBERTI)

古いものと新しいものが混在するイタリアの古都フィレンツェ。数百年前の石畳の通りを電気自動車が走り抜け、街で一番古いヴェッキオ橋では、陶磁器を売る屋台の横で売り子がスマホでメールを打つ。それでも、突然目の前でレオナルド・ダ・ヴィンチの像がスマホを確認したり、モナ・リザが額縁から乗り出してジュースを飲み出したりすれば、誰でもギョッとするだろう。そう、フィレンツェには今もダ・ヴィンチがいるのだ。

◇  ◇  ◇

ダ・ヴィンチとモナ・リザの正体は、ルネサンスの再現役者バルテー・コンティさん(58歳)と、その娘のエレナ・ピノリさん(47歳)だ。2人は、イタリアが誇る偉大な画家と、その最も有名な絵のモデルに扮装して、フィレンツェの街角に立っている。

いわゆる「彫像芸」、2人はスタチュー・パフォーマーだ。コンティさんは、週に3日以上、レオナルド像になりきる。そのため、2時間かけて準備する。フィレンツェにあるウフィツィ美術館の前に立つ銅像をモデルにして、白いローブにベレー帽を着け、まぶたや唇まで分厚くおしろいを塗る。肩にかかる髪と波打つ髭は綿で作られ、アクリル絵の具で白く色づけした。ちなみに、親子なのに、年の差わずか11歳なのは直接的な血のつながりがないからだ。ピノリさんは、コンティさんの結婚相手の連れ子だ。

「ラ・ジョコンダ」に扮装するピノリさんも、コンティさんと同じくらいの時間をかける(「ラ・ジョコンダ」は、モナ・リザの別名。イタリア語でフランチェスコ・デル・ジョコンドの妻という意味がある。この女性が、モナ・リザのモデルになったと広く考えられているためだ)。レオナルドの芸術性を再現するには特別な能力と忍耐力がなければならないと、ピノリさんは言う。彼の絵画は、輪郭をぼかしたスフマートと呼ばれる特殊な技法で描かれているが、それによって生み出されるこの世のものとは思えない美しさは、実際の顔でまねようとしても簡単にできるものではない。

コンティさんはひとりで仕事をすることが多いが、ピノリさんが加わったほうが面白くなるという。あまりにも本物の銅像らしい2人が一緒にフィレンツェの街角に立つと、ドッキリ効果も倍増する。ある日、コンティさんが姿勢を直そうと体を動かすと、そばにいたフランス人観光客は驚いて後ずさりし、つまずいて転んでしまった。心配して駆け寄ったコンティさんだったが、それが事態を一層悪くした。観光客の女性は、恐ろしさのあまりほとんど口をきくこともできなかったという。「2019年にレオナルドがタイムトリップした? 天才とは聞いていたが、まさかそこまでだったとは」と思ったのだろうか。

コンティさんとピノリさんの仕事はじっと動かないことだ。相当な持久力が求められる。衣装とメークアップをつけて6~8時間静止したままの姿勢はかなりつらい。夏の暑い日には、息苦しさを覚えることもある。唇には分厚いおしろいが塗られているので話がしにくいし、話せばそのたびに崩れたメークを直さなければならない。ピノリさんは、常にリラックスした状態で、謎の微笑みとさまよう視線を顔に貼り付け、そのほかの感情を決して見せてはならない。「これがとても難しいんです」とピノリさんは話す。

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