トニー賞で実感 ブロードウェイが崩す壁(井上芳雄)
井上芳雄です。アメリカの演劇界で最も権威のある賞とされているのがトニー賞です。映画界のアカデミー賞のような存在ですね。そのトニー賞の授賞式が6月10日にWOWOWプライムで生中継され、僕が日本のスタジオでナビゲーターを務めました。スペシャルゲストは堂本光一君です。5時間にわたる生中継で大変でしたが、とても楽しい時間で、自分はミュージカルや演劇が本当に大好きなんだとあらためて思いました。
授賞式の生中継に出演させてもらうようになって今年で6年目。ナビゲーターとしては2年目です。5月には事前番組の収録のため、光一君と一緒にニューヨークに1週間ほど行って、候補作を見てきました。その番組の放送があって、生中継のスタジオでも一緒だったので、例年よりも多くの人がトニー賞に興味を持ってくれたようです。
うれしかったのが、ツイッターの反応で「初めて授賞式を見たけど、面白かった」という声が多かったこと。それこそ光一君も僕も願っていたことで、多くの人に演劇の魅力を知ってもらえたのは、やったかいがありました。
スタジオでの光一君は、演劇界と一般のお客さまをつなぐ役割だと思ってくれていたみたいで、絶妙なトークやリアクションで場を盛り上げたり、なごませたりしてくれました。放送が終わった後、「大丈夫かな、ちょっとバラエティー寄りになり過ぎたかな」と言ってましたが、僕は「とてもありがたかったよ」と。僕が進行のことを考えていたら、さっと入ってコメントしてくれたりとか、すごく助かりましたから。自分で言うのもなんですが、いいチームワークだったと思います。
光一君とは、なぜか気が合います。考え方というか、大事にするところと、どっちでもいいところの価値観が、すごく似ているからでしょうか。2人とも舞台が大好きだし。もちろん好みは違って、光一君はショーっぽいものがいいし、僕はコメディーが好き。でもどっちも演劇ということでは好きだからぶつからないし、光一君は視野が広いから話も面白い。ニューヨークでも、夜の10時くらいに観劇を終えた後、あそこがよかった、ここがよかったと、毎晩のように深夜まで感想を話しあっていました。そんな2人の関係性が、スタジオの雰囲気に反映していたならうれしいですね。
ブロードウェイでは、僕は6本の作品を見ました。現地で強く感じたのはダイバーシティー(多様性)キャスティングです。人種やハンディキャップにこだわらず、多様性を重視してキャスティングする手法が主流になってます。ブロードウェイはもともと白人のキャストが多かったのですが、ダイバーシティーが加速した結果、逆転現象が起こっています。いまやヒロインの多くが有色人種です。『キング・コング』も、映画ではずっと白人の女性がさらわれる設定でしたが、ミュージカル版では黒人の女性。ミュージカル助演女優賞を受賞した『オクラホマ!』のアリ・ストローカーは車椅子に乗っています。ありとあらゆる壁や既成概念を取り払おうという動きがすごい勢いで進んでいます。それは、たくさんの人たちが闘ってきた成果だろうし、素晴らしいことだと思います。
チャレンジングな作品もたくさん生まれていますが、一方で行き過ぎた表現を懸念する声もあるようです。例えば、ミュージカルリバイバル賞を受賞した『オクラホマ!』は銃規制の問題を反映させたショッキングな演出が、賛否両論を呼びました。主人公のカップルの結婚式で銃が乱射され、真っ白なウエディングドレスが血みどろになり、『オクラホマ』をみんなで歌って終わるという、オリジナル版とは全然違う演出になっています。僕も、こんな解釈ができるのかと驚き、勉強になりました。ただ、何回もリピートして見たいかと言われると、僕にはちょっと難しいかもしれません。
そういう意味で、エンタテインメントとしてうまくできていて、かつ現代的な題材だと思ったのがコメディミュージカルの『プロム』です。レズビアンのカップルがプロム(アメリカの高校で学年末に催されるダンス・パーティー)に行こうとしたら断られたという出来事が田舎の町で大騒ぎになって、それをどうにかしようと、なぜかブロードウェイの落ち目のスターたちが町に行くという話です。みんなでああだ、こうだとやっているのが面白いし、最後にカップルがプロムに行ったときには、すごく感動します。僕は『プロム』が一番よかった。ただ先鋭的な題材だし、作品賞というのとはまた違うのかなと思っていたら、やっぱりとりませんでしたね。
バランスのよさが光る『ハデスタウン』
ミュージカル作品賞をとった『ハデスタウン』は、バランスのよさが光っていました。ギリシャ神話を基に、現代アメリカに置き換えたストーリーで、ファンタジーみたいでもあり、今の社会情勢に通じる要素もあります。演出がとても演劇的だし、音楽もいいし、役者も個性的と、バランスがとれている。エンタテインメントとして優れているし、それだけで終わってもいないという、高い評価を受けて当然の作品だと感じました。
光一君と僕の推しは、主演女優のエヴァ・ノブレザダでした。『ミス・サイゴン』の25周年キャストでキムを演じて注目されたアジア系の女優さんで、『ハデスタウン』でも見事な歌声と演技を見せていました。終演後の楽屋で会いましたが、小柄でかわいらしくて、すてきな人でした。スタジオでは、光一君も熱く推してましたね。
そんなニューヨークで実際に見てきた作品の感想などを交えながら、生中継のナビゲーターを務めました。毎年出演していて楽しいのですが、今年もとても楽しかった。トニー賞を通じて、演劇の素晴らしさを1人でも多くの人に伝えたいという思いと、僕自身もブロードウェイの新しい動きを知りたいという思いが入り混じり、純粋に好きなことをやらせてもらっていて、幸せな時間でした。そして、やはり日本にもトニー賞のような演劇の賞を、と強く思いました。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第48回は7月20日(土)の予定です。
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