ドラマスタイリストの極意 全身のバランスを計算する
第1話
ファッションの指南役として欠かせないスタイリスト。でも実は活躍する場所によって、仕事の中身が変わる。雑誌なら正面からのカットが多い。テレビドラマは360度、どこからも見られることが前提になる。トレンドも欠かせない。
流行を取り入れ、役の人間性を表現し、どこから、誰が見ても印象的なヒロインに。それができるドラマスタイリストが、西ゆり子さんだ。これまで手掛けた番組は200本以上、今も第一線で活躍する彼女に、私たちもアドバイスをもらおう。ドラマのヒロインのように、仕事服をかっこよく着こなす知恵を。
衣装で役の人間性を表現
取材時、西さんは2019年10月に放送予定の金曜ナイトドラマ「時効警察はじめました」(テレビ朝日系)の衣装を担当していた。人気刑事ドラマの12年ぶりの放映。主人公の霧山修一朗を演じるオダギリジョーさんに、時効捜査の「助手」三日月しずか役の麻生久美子さん。全出演者のファッションを生み出した。
普段は制服姿の出演者、私服にはアイデアが詰まっている。麻生さんなら「結婚、離婚を経験している役なので、前回の放送よりも『大人っぽさ』を出したいと思った」。具体的には「米デザイナーのトム・ブラウンが手掛ける服のような、コンサバティブの中にも現代的な要素が入っているスタイリングをしてみた」そうだ。トム・ブラウン氏は米老舗ブランド、ブルックスブラザーズの高級ラインのデザインを担当するなど、アメリカン・トラディショナルを得意とするデザイナーとして知られる。
人気ドラマ「家売るオンナの逆襲」(日本テレビ系、19年1月スタート)では、家を売って売って売りまくる「天才的不動産屋」という設定の北川景子さんをスタイリングした。こちらも第2シリーズだが、手掛けたのは今作から。前作の流れを引き継ぎながら北川さん演じる主人公、三軒家万智の「強さ」をより強調。「タイトスカートさえも優しい印象になるので却下した」と振り返る。
毎回が「勝負」のスタイリング
どんな役であっても、人柄がにじみ出る。存在感があり、自信やオーラがみなぎるように。ドラマのスタイリングで求められる要素だ。でも、それだけではない。「台本や監督の演出の意図に沿ってコーディネートする必要がある一方で、役者側にも『こういう服が着たい』との思いがある。両者が合わないこともしばしば。大物俳優になればなるほど、その傾向が強くなる」とは、「時効警察はじめました」の大江達樹・テレビ朝日プロデューサー。だから難しい。
西さんの担当する現場は違う。「今回は西さんがいるから」と、専属のスタイリストをつけない女優も多い。演じ手にも、演出者からも厚い信頼が寄せられる。「作品に向き合い、監督や役者の意向をくみ取ったうえで、時には監督に進言したり、役者さんを説得するなど、必ず着地点を探してくれる。ファッションセンスに加え、オリジナリティー、プレゼンの能力といったプラスアルファがある」。大江プロデューサーはその秘密を分析する。
西さん自身はドラマスタイリストを「台本を読み解き、ファッションで役の人間性を表現するプロフェッショナル」と表現する。いざスタイリングに臨む際には「毎回毎回が勝負」と心に刻む。「本人のものになっていない」「服に着られている」と感じれば、用意しておいた衣装でも似合わないと伝え、脱いでもらっている。
「服が自分のものになっている」ことと「なっていない」こと。私たちにもヒントになりそうだ。2つを分ける基準とは何なのか? 返ってきた答えは「全体のバランス」。「バランスが悪いとパンツスタイルは足が短く見えてしまう。タイトスカートだとすごくヒップが大きく見える。でも、スカートをマーメイドラインにするだけで、キレイにみえることがある」。一人ひとり体形は異なる。足元の靴を含めて全身のバランスを計算し、コーディネートする。出演者が控室のドアを開けた時、周囲が歓声を上げる瞬間こそ「真剣勝負で勝った」と実感できるのだという。
バラエティー番組で派手な衣装、問い合わせ相次ぐ
西さんが「スタイリスト」という職業を意識したのは、1970年に創刊した雑誌「an・an(アンアン)」の特集記事だった。当時はグラフィックデザインの会社に勤めていた。「フランス語のスチリストとして紹介されていた仕事は、洋服やアクセサリーを集めてコーディネートするという。『これが私の仕事だ!』と。洋服は縫えないし作れないけど、大好きだった」
キャリアのスタートは88年創刊の雑誌「Ray」だ。「編集長が私のスタイリングを気に入り、そこからいろいろな雑誌につながっていった」。その後、仕事で一緒だったカメラマンに誘われ、テレビの世界に足を踏み入れる。最初の仕事場はドラマだった。ドラマは連続性が大事になる。「役者さんのかけている眼鏡について、あるシーンは赤い縁がいいと思い、別のシーンでは黒がふさわしいと感じても、変えることは難しい。気分や感覚を大事にする自分には向いていない」と当時は感じたと話す。
90年代に入ると、ドラマ現場で一緒だった監督やディレクターがバラエティー番組に異動したのに伴い、西さんも活躍の場を移した。「番組独自のスタイリストとして、ほとんどの番組出演者の衣装を担当した。テレビ局に衣装部はあるが、スタイリストとして外部から参加したのは、おそらく私が最初だろう」とほほ笑む。86年に男女雇用機会均等法が施行され、時代は「強い女性」や「個性」を求めていた。そこで「とにかく派手」に演出。お笑いタレントの山田邦子さんや、フジテレビ系「なるほど!ザ・ワールド」で司会をつとめた楠田枝里子さんの衣装を手掛けたといえば、思い出す人は多いだろう。「あの衣装はどこから持ってきているのか」と問い合わせが相次いだそうだ。
西さんが再びドラマの仕事に戻ったのは、97年に木村拓哉さんが主演した「ギフト」(フジテレビ系)だった。プロデューサーから声がかかったものの、「テレビをほとんど見ないので、木村さんがどれほど人気があるのか知らなかった」。ドラマでは出演した主な女優のスタイリングをすべて担当。台本を読み込み、ファッションから役柄をつくり上げた。どの人も個性的で生き生きしていると高く評価されると同時に、西さん自身もドラマでのスタイリングにおもしろさを感じ始めたという。
ドラマスタイリストの草分けであり、第一人者。そんな西さんにさらに聞いてみたい。出演者が控室のドアを開けた瞬間、周囲から歓声が上がるように、自宅を一歩出たとたんに「おー」と言われるには、何が必要なのだろうか。次回は仕事のできる女性がファッションでも認めてもらうためのポイントをアドバイスしてもらう。
1950年生まれ。雑誌や広告のスタイリングを手がけた後にテレビに進出。ドラマやCM、映画での洞察力あふれるスタイリングは高い評価を得ており、指名する女優も多い。最近担当した出演者には「セカンドバージン」で主演した鈴木京香さんや、「ファースト・クラス」の沢尻エリカさんなどがいる。最近はフジテレビ系「後妻業」や日本テレビ系「家売るオンナの逆襲」を手掛けた。2019年10月にはテレビ朝日系「時効警察はじめました」が放送予定。
(編集委員 木村恭子)
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