会議は分身ロボットで 遊びも仕事にする超働き方改革
2011年に創業したデジタルコンサルティングファーム「プリンシプル」。ビジネスチャットツールを活用したリモートワークの仕組みを導入したり、早朝や深夜勤務を選べるなど、共働きしやすい環境を推進している。離れた拠点間のコミュニケーションを円滑にするために「分身ロボット」を導入したり、有休とリモートワークを組み合わせて長期休暇を取れる制度を導入するなど、同社のユニークな取り組みを紹介する。
社長も社員も分身ロボットで手軽にコミュニケーション
タブレット端末が付いた一輪車のような物体が、静かに動き出す。画面には、シリコンバレーにいる社長の顔が映し出される。これは、社長の「分身ロボット」。話したい社員のところに一輪車は静かに近づき、会話が始まる――。
操作する人は、遠隔からパソコンを介して、備え付けのカメラで足元と正面を見ながら「運転」し、分身ロボットを自由自在に移動させることができる。支柱は伸縮可能なので、話す相手の目線の高さに、タブレット端末に映る目の高さを合わせられる。テレビ会議ではあるが、まるで相手がその場にいるようなコミュニケーションを可能にしている。
同社で主にこれを使用しているのは、米国オフィスにいることの多い、楠山健一郎社長。毎朝9時45分から始まる朝会は、全員参加が基本。東京にいない場合、社長はこれで参加する。
「普通のテレビ会議のシステムでは、モニターの中の人と、それを見ている人という『1対その他大勢』になってしまう。朝会は4人一組のグループに分かれて行うので、ロボットを使えば、社長がそれぞれのグループに近づき、議論に参加するとか、『最近どう』などと誰かに話しかけて1対1で雑談をすることもできます」と最高執行責任者(COO)の中村研太常務は説明する。
たまに、床のコード類に引っかかって前に進めないのを助けたり、部屋を移動する際にはドアを開けてあげたりする必要はあるものの、基本的には、遠隔から操作している。「以前は、パソコンに向かって自分が仕事していると、気づいたらいて横にいて一緒にのぞき込んでいることがあったのですが、人と違って動く気配がないから、本当に驚いてしまうので、それはやめよう、ということになりました」と中村さんは笑う。
最近は社長だけでなく、大阪支社に入った新しいスタッフも、東京のメンバーとコミュニケーションをとるために分身ロボットを使い始めたという。
「終日リモートします」などSlackでお互い把握する
毎日の朝会は全員参加を原則としているものの、業務の都合や家庭の事情がある場合は、ビデオ会議システムで参加することができる。勤務時間の縛りはほとんどなく、前日までに連絡しておけばいい。同社では社内コミュニケーションにビジネスチャットツール「Slack(スラック)」を使用しており、勤怠管理用のチャンネルがある。
イレギュラーな勤務をする場合は、「明日は7:30~9:00リモート稼働」「明日終日リモートします」「〇〇さんと同じ時間帯で行動、その後10時すぎから出社」など、社長も含めた全員が書き込む。他のスタッフの動向はそこで把握できるようになっている。「勤怠を管理するためのシステムは別にあって、これはあくまでも社内コミュニケーション専用です」(同社People Division有馬さよ子さん)
同社のスタッフは現在80人。人数が少ないから可能なシステムかもしれないと問うと、人事担当であるPeople Divisionマネージャーの下司剛義さんは「100人ぐらいまでなら全然大丈夫ですね。今後、それ以上人数が拡大したら、2つ、3つとグループに分ければいいと思っています」と答えてくれた。
勤務時間も幅広い。「『アーリーバード』と呼んでいますが、早い時間から業務を開始し、早く帰ることができます。朝5時から夜は22時までが勤務可能な時間帯です。以前、『午前3時から働きたい』という人がいましたが法律上、深夜勤務になるため、それはNGとしました」と下司さんは説明する。
【リモートワーク】社員は原則週1回利用可能。子どもの看病や家庭の都合など特別な場合は、それ以上も承認される。コミュニケーション手段としてSlackを導入。ビデオ会議ツールとしてzoomやHangouts Meetを採用。紙資料は使用せず、GoogleAppのスプレッドシートやプレゼンテーションツールにて全社共有。クラウドで情報の全社共有を徹底。週1回と月末の経営陣からの報告、社長メッセージなどもSlackおよびイントラに掲載、動画録画のうえ当日YouTubeにアップしURLも併せてLive参加できなかった人に通知される仕組み。視聴した人、読んだ人は既読チェックを入れるルールを徹底
【アーリーバード】朝5時からの勤務も可能。早い時間から仕事をし、早く帰ることができる
【one on one】育休復帰前に、所属上司と社長との面談を実施。保活状況を確認し、育休前の働き方に戻すか、新しい就業時間、雇用形態に変更するのがよいか、可能となる形を協議して復帰をサポート
【スーパーリモート制度】最大5日間の有休と、最大5日間のリモートワークを連続して取れる(1年に1回のみ取得可)
【ファミリーデイ】年2回、社員の家族を職場に招く
【企業理念】企業理念を大切にし、毎日朝会で社員が唱和、理念にひもづく本人のエピソードを1分間スピーチし発表
リモート勤務は、基本的に週1回は誰もがしてよいことになっている。とはいえ、週に1回という縛りも、子どもが発熱したなどの事情があれば、柔軟に拡大することができる。
「何時間会社にいるかは、あまり意味がない。いかに集中して同じアウトプットを出せるかどうか。最終的なパフォーマンスが大事です。リモートワークしていてもSlackで常にコミュニケーションはとっています。ただやはり全部リモートだけでは回らないことが多いので、週に1回という制限はつけています。また、長く働き過ぎるのを避けるために、半年ほど前から土日はSlack禁止、というルールも作りました」(中村さん)
社員の悩みの解決策が制度として定着することも
育児や介護などの両立施策についてはどうだろう。「個々のケース・バイ・ケースですね。育児や介護で『こういう状況があります』という報告があって『では、どうしたらいいですか』と一緒に考える感じです」(下司さん)
出産する女性に関しては、「one on one」と呼ばれる、本人と、所属上司、社長との面談の場があり、復帰前に保活状況を確認し、育休前の働き方に戻すか、新しい就業時間、雇用形態に変更するのがよいか、可能となる形を協議し、サポートをしている。同社には、週3~4日勤務の正社員や、業務委託などさまざまな立場の人がいる。
企業理念(「人間としての原則を重視し、自分自身、家族、同僚、顧客、世界がWin‐Winであることを大事にします」)に立ち返り、本人の希望を大切にする姿勢を貫く。
社員から寄せられた悩みの解決策が社内制度として定着することもあるという。
その一つが、2018年10月に始まった「スーパーリモート制度」だ。最大5日間の有休と、最大5日間のリモートワークを連続させられる(1年に1回のみ取得可能)。
「2019年4月から法律が変わって、5日間の有休取得が義務付けられます。それまでも『子どもの長期休みに一緒に過ごしたい』という要望はありました。そして『ノルウェーにオーロラを見に行きたい』という希望を持っている社員もいました。この制度を活用すれば、最大2週間、遠方で過ごすことも可能です」と下司さん。
実際に、この制度を使ってオーロラを見に行くという夢をかなえた社員から、美しいオーロラの写真がSlackに送られてきて、社内は大いに盛り上がったという。また、外国籍のスタッフが、帰国する際に使うなど、さまざまな利用のされ方をしている。
「緊急ではないが重要である」事柄にあえて取り組む
もう一つ、同社のユニークさを如実に語る制度がある。希望者だけで、美術館に行ったり、皇居ランをしたりする「超第二領域」という制度だ。課外活動ではなく、業務の一環として参加する。2013年から導入しており、取材した週の金曜日も希望者7人でスキーに行く計画がある、とのことだった。
「第二領域」とは、「緊急ではないが重要である」事柄を指す。同社の行動規範には、「緊急ではないが重要である社内コミュニケーション、準備や計画、自己啓発、権限委譲、健康維持、読書などに意識をして時間をとります」と定義され、「第二領域に取り組みます」とされている。
「土日はどこも混みますよね。それなら平日に行って、勤務扱い、出社扱いにしよう、ということになりました。チームワーク強化のために、チームビルディング研修などを業務時間に導入している企業はよくあると思いますが、同じように研修という位置付けにしてしまいました。社員が4人以上集まって、レクリエーションを企画して申請すれば利用できます」(中村さん)
そのレクリエーションの間に、イノベーションのアイデアを話し合い、その報告を写真付きで、Slackの専用チャンネルに上げることがルール。だが、下司さんはこう付け加える。
「もしかして実際に有効なイノベーションのアイデアが生まれなくても、この取り組みをすることでコミュ二ケーションは強くなります。『あの人は、これが好き、嫌い』『あの人はこんな感じの人』などスタッフ同士がお互いをよく理解すると、仕事を円滑に依頼し合えて、スムーズに事が進み、結果的に業務にプラスの方向に反映されるというメリットがあります。強制参加ではないですが、一部でもそうやって仲のいい人たちが出てくると社内全体にいい効果が波及します」
働き方改革は、つまるところコミュニケーション改革だともいわれる。同社は、常識にとらわれないアイデアに基づき、さまざまなツールを駆使し、それを実践している。
自立した存在として、会社と自分がいい関係を築く
既成の「研修」と異なり、自分たちが本当にやりたいことをできるのも、この制度の魅力だ。「やりたいことを我慢して仕事をしなくてはならないと、仕事が嫌いになったり、仕事にネガティブな感覚を持ってしまったりします。するとパフォーマンスは落ちてしまう。『自分はこれがしたい』というモチベーションが、パフォーマンスを最大にできる働き方につながると私は思います」(中村さん)
「『この会社にいられてよかった』ではなく、あくまでも自立した存在として、会社と自分がいい関係を築き、自分がいい人生を生きていると日々思えることが大切。今後、会社の規模が拡大したとしても、今のカルチャーを維持するように工夫したいですね」(中村さん)
(取材・文 小林浩子=日経DUAL編集部、写真 鈴木愛子)
[日経DUAL2019年3月15日付の掲載記事を基に再構成]
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