自然派スパークリング 伊フランチャコルタの実力
エンジョイ・ワイン(13)
イタリアの最高級スパークリングワイン「フランチャコルタ」。だが、同じ高級スパークリングワインであるフランスのシャンパンと比べると、世界的な知名度はいまひとつ。日本でも一般にはあまり知られていない。しかし、実は日本は世界1、2位を争うフランチャコルタの輸入国。知る人ぞ知るワインなのだ。その隠れた魅力を、現地から3回に分けてリポートする。
フランチャコルタは北イタリアの中心都市ミラノから車で東北東に約1時間、アルプスのふもとに広がる地域の名前だ。それがそのままワインの名前になっている。風光明媚(めいび)なイゼオ湖の南に位置し、夏にはイタリア国内外から大勢の観光客が訪れる。
現地を取材したのは6月中旬。緑のじゅうたんを敷き詰めたように村一面に広がるブドウ畑では、シャルドネやピノ・ノワール(イタリアではピノ・ネーロと呼ぶ)が大きな緑色の葉を茂らせ、葉の陰から、実を結んだばかりの薄緑色をしたブドウの房が顔をのぞかせていた。
日中の気温は30度前後まで上がり初夏の日差しが照り付けるが、湿度が低いのでカラッとしている。乾燥した気候を好むブドウの生育には理想的な気候だ。
それだけではない。昼間は暑いが、夜間はアルプスから冷たい空気が下りてくるため、肌寒く感じるほど気温が下がる。昼夜の寒暖差が大きいと、ブドウの実が酸を十分に保ったまま成熟するため、甘くて酸味もある理想的なブドウになる。
イゼオ湖の役割も見逃せない。一般に、山に近い地域は秋の気配と同時に気温が大きく下がり始めるが、近くに湖や大きな川があると、その効果で気温の下がり方が緩やかになる。すると成熟期間が延び、ブドウがよく熟す。
こうした理想的な気候がライバル視されることも多いシャンパンにはないフランチャコルタの強みだ。シャンパンの産地、フランスのシャンパーニュ地方は緯度が高く冷涼なため、とれたブドウをそのままワインにすると、酸のとがった、要は酸っぱいスパークリングワインになりやすい。そのため、ワイン中のリンゴ酸を乳酸に変えるマロラクティック発酵や、仕上げに糖分を含ませたリキュールを少量添加(ドサージュ)するなどして、味を調整する手法を編み出した。
これに対しフランチャコルタは、ドサージュなし(ノン・ドサージュ)が目立つ。気候のおかげでブドウがよく熟すため、わざわざ糖分を添加しなくても酸味が柔らかでかつ甘みを感じる、自然な味わいのワインに仕上がるためだ。ノン・ドサージュの辛口スパークリングワインは、世界的なトレンドでもある。
今回試飲した中では、日本にも輸入されている「ビオンデッリ」が代表的だ。スタンダード・タイプの「フランチャコルタ」、瓶内のガス圧が5気圧未満と低く口当たりがエレガントな「サテン」、味わいに赤い果実のニュアンスを感じる「ロゼ」、同じ年に収穫したブドウだけから造る「ミレッジマート」の4種類を試飲。オーナーのジョスカ・ビオンデッリさんの説明によると、いずれもノン・ドサージュだ。
ちなみに、フランチャコルタの栽培・醸造方法は法律で厳格に定められており、それに合致したものだけが「フランチャコルタ」や「サテン」、「ミレッジマート」などを名乗ることができる。
試飲した4種類ともノン・ドサージュならではのキリっとした味わいだが、果実由来の甘みがしっかりとあり、その甘みがもたらすボディ(厚み)も感じて、飲みごたえ十分。アペリティフ(食前酒)としてだけでなく、前菜や魚料理、パスタなどと合わせても楽しめそうなワインだ。
「イタリアのシャンパン」と呼ばれることもあるフランチャコルタ。確かに、使用するブドウ品種はほぼ一緒で、瓶内二次発酵方式で泡を生成させる手法も同じだ。しかし、産地でじっくりと試飲すると、比較するのが無意味に感じるほど、個性が違うことがわかる。その違いはやはり、気候の違いから来るのだろう。
気候に恵まれず、ブドウが熟しにくいため、その欠点を補おうとドサージュなど人知を尽くして創り上げたのがシャンパン。それに対し、恵まれた気候を最大限に生かし、ブドウの味わいをそのまま表現したのがフランチャコルタ。料理に例えるなら、技巧を凝らした精緻なフランス料理と、素材を生かしたシンプルなイタリア料理の違い。あるいは、こってりとしたバター文化と、軽やかなオリーブオイル文化の違いとも言える。
実際、シャンパンは、その香りがビスケットやブリオッシュ(バターと卵をふんだんに使ったフランスの菓子パン)などによく例えられる。そうした、かんばしい香りは瓶内熟成特有の香りでフランチャコルタにもあるが、シャンパンに比べるとずっと少ない。それよりも、ブドウ本来の果実味や酸味、ミネラルの香りを、泡と一緒にストレートに表現したのが、フランチャコルタだ。そんなフランチャコルタはイタリア料理のほか、すしや天ぷらなど、やはり素材重視の和食との相性もぴったりかもしれない。
自然の恵みがもたらすフランチャコルタの特長はまだある。有機栽培ブドウが多いことだ。化学肥料や合成農薬を使わないのが有機栽培。農業全般と同様、世界の主要ワイン産地でも有機栽培が急速に増えている。しかし、雨が多かったり冷涼だったりして湿気の多い地域は害虫や病気が発生しやすく、農薬を頼るワイン生産者は依然多い。
フランチャコルタの生産者で組織するフランチャコルタ協会のシルヴァーノ・ブレシャニーニ会長は、「有機栽培はフランチャコルタ全体の3分の2に達している」と説明。同協会の公式サイトには「2016年時点で、フランチャコルタは国際的レベルで見てもオーガニック(有機)栽培を行うブドウ畑の比率が最も高いことがわかりました」と書いてある。
ブレシャニーニさんが副社長を務めるワイナリー「バローネ・ピッツィーニ」は、1998年に有機栽培を始めるなど、フランチャコルタの有機栽培の先駆けだ。同ワイナリーのロゼは2012年、毎年ロンドンで開かれる権威ある国際コンクール「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」で、「ベスト・オーガニック・ワイン」に輝いた。
農薬を使わない有機栽培は土の中の微生物が増えて土壌が豊かになり、それがワインの味わいにも影響を与えるとの見方がある。バローネ・ピッツィーニで試飲した数種類のフランチャコルタはどれも濃厚で芳醇(ほうじゅん)、非常に印象的な味わいだった。日本でも買うことができる。
(ライター 猪瀬聖)
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