月面着陸から50年 宇宙に急接近するビジネスの触手
1969年7月20日、アポロ11号の月着陸船イーグル号が月面に降り立った。あれから50年。ナショナル ジオグラフィック7月号では、月面着陸から半世紀たった人類が宇宙と、どう関わろうとしているかをレポートしている。
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2010年代後半から2020年代前半までの今の時代は人類と宇宙の関係の「一大転換期」と、後世の人は見なすはずだ。米国では、スペースXとボーイングが手がける宇宙船がいよいよNASAの認可を受けるところまで来ている。NASA長官ジム・ブライデンスタインの言葉を借りれば、「米国人飛行士が乗った米国製ロケットを米国から発射する直前の段階」というところだ。2019年後半から2020年前半に有人テスト飛行が予定されている新しい宇宙船は、窮屈だったアポロ宇宙船に比べると雲泥の差で、1950年代のプロペラ機からボーイング787ドリームライナーに乗り換えるようなものだ。
ほかにも、バージン・ギャラクティックとブルー・オリジンという民間企業2社がそれぞれ進めている宇宙船の開発も本格化しており、宇宙旅行時代の幕開けが近づいている。まずは富裕層の乗客を集め、宇宙空間の始まりに近い上空90~100キロほどまで上昇して無重力状態を体験させ、暗黒の宇宙空間と青い地球を見せる。料金は20万ドル(約2200万円)。だがそれも最初のうちだけで、宇宙船の数が増えれば費用は大幅に下がるし、選択肢も増えると、両社は話している。
ブルー・オリジンはまた、月着陸船「ブルームーン」を開発すると2019年5月に発表した。この着陸船は6.5トンの貨物を積載できるだけでなく、2024年までに有人の月面着陸にも利用できるようになるという。これで、人類を月面に再び送り込む競争はいっそう激しくなった。
宇宙開発を行うのは、米国企業やロシアの国家事業だけではない。2019年1月、中国は無人探査機を月の裏側に初めて軟着陸させた。探査機にはミバエやさまざまな植物を含めた「ミニ生物圏」も搭載され、月面での食料生産を見据えた実験も行われた。4月、中国は10年以内に月の南極に調査基地を建設すると発表。ただし中国人宇宙飛行士が月面を目指す時期については、明言を避けている。
意気さかんな「スタートアップ国家」を自任するイスラエルは、2019年4月に歓喜に湧き、涙に暮れた。非営利組織スペースILが打ち上げた探査機ベレシート(ヘブライ語で「創世記」の意味)は、民間の試みでは初めて月の周回軌道に乗った。しかし月面に墜落して交信が途絶え、世界の国で4番目に月面着陸を成し遂げることはできなかった。
米国のロケット・ラボ社は、ニュージーランドの広大な牧草地に隣接する発射場から、最新の低コスト型ロケットを利用して、人工衛星を地球低軌道に打ち上げている。
ドバイの外れにエミレーツ航空が建設しているのは、空の旅人のための一大拠点だ。ジェット旅客機のみならず、ロケット機や超音速・極超音速機の離着陸も可能になるという。
そして日本では2019年3月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が月面を1万キロ以上走行できる探査車「有人与圧ローバ」をトヨタと共同で開発すると発表した。
現在の宇宙開発の大部分は、一握りの億万長者が繰り広げる激しい競争に後押しされているように見える。彼らの宇宙船は従来と違って、純粋な科学探査だけではなく、さまざまな金もうけも目的に入っている。宇宙に行きたいというぜいたくな希望に応える、小惑星で価値の高い資源を掘削する、宇宙技術を応用して地球上を超高速で移動する、最終的には人類が地球以外の惑星にも住めるようにする、といった目的だ。
宇宙志向の大物たちは明確な展望を描いている。アマゾン創業者で、宇宙飛行事業を強力に推進するジェフ・ベゾスは、太陽系全体でなら「人口が1兆人」になってもたやすく養うことができるし、そこから「1000人のアインシュタインと1000人のモーツァルト」が誕生すると語った。私たちはベゾスの号令に従って宇宙に勇躍前進し、増殖に励むべきだろうか? こうした展望に倫理上の問題点はないのか、そもそも賢明な方向性なのかといった議論は、ほとんど始まっていないのが現実だ。
民間宇宙企業の宣伝用資料に並んだ高邁(こうまい)なスローガン、構想、指針を眺めていると、おもしろい共通点に気づく。それは、地球を救い、地球をより良い星にするために宇宙に行くという主張だ。
「私たちは世界を変えるために宇宙の扉を開く」(億万長者のリチャード・ブランソンが創設したバージン・ギャラクティック)
「地球を守るために……宇宙にある無尽蔵の資源とエネルギーを利用しなくては」(ベゾスが設立したブルー・オリジン)
「地球の暮らしを良くするために宇宙への道を開く」(ロケット・ラボ)
「ほとんどの移動は30分以内で済み、どんな場所にも1時間足らずで着くとしたら?」(スペースX。設立者の億万長者イーロン・マスクは宇宙旅行の技術で地球内の超高速移動が可能になると話している)
なぜ宇宙に出るのか? 50年前であれば、この問いの答えは明快だった。「月に到達するため」だ。表向きはあくまで探査が目的だったが、その裏には国家の威信を高める狙いがあった。「全人類のため」と純粋な善意をうたい上げながら、月面に最初の一歩を刻み、安全に帰還して、その偉業を自慢することが何より重要だと、誰もがわかっていた。
同じ質問を今投げかけたら、何通りもの答えが返ってきそうだ。向こうで何をするのか、その目的を知らずして、宇宙に行くことの是非を判断することはできない。
(文 サム・ハウ・バーホベック、写真 ダン・ウィンターズ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック日本版 2019年7月号の記事を再構成]
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