ティラノサウルス、驚きの嗅覚 全恐竜のトップクラス
あなたは、食べ物のにおいを嗅ぐだろうか? 肉食恐竜の代表ティラノサウルス・レックス(Tレックス)とその仲間は、恐竜の中で一二を争う鋭い嗅覚を持っていたことが新たな研究で明らかになった。2019年6月12日付けで学術誌「Proceedings of the Royal Society B」に発表された論文によると、数千万年前に絶滅したティラノサウルスの嗅覚に関連する遺伝子数のおおまかな定量化を試みてわかった結果だという。
ティラノサウルスの嗅覚が良かったとする説はこれまでにもあり、2008年にティラノサウルスとその近縁種は、脳の大部分をにおいの処理に使っていたという論文が発表されている。
近年は、大昔に絶滅した近縁種の能力や行動を解明することを目的に、現生動物のDNAと体や感覚能力の相関関係を調べる研究が盛んになっている。今回の論文は、その最新の成果と言えるだろう。
「ジュラシックパークではありません」とDNAから恐竜を復活させる映画になぞらえるのは、論文の筆頭著者であるアイルランドの国立大学ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンの計算生物学者グラハム・ヒューズ氏だ。「食物連鎖の頂点に君臨する捕食者になる上で、感覚の進化がどれくらい重要な役割を果たしているのかを調べたいのです」
絶滅したサーベルタイガーの一種スミロドンの嗅覚を解明するのに同様の手法を用いたことがある米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の博士研究員デボラ・バード氏は次のように話す。「私は今回の論文を歓迎します。これは、遺伝子や形態学的な手がかりを用いて絶滅した種の感覚機能や生態学的な役割を読み解こうとする研究全体への、新たな貢献だと考えられます」
手がかりは「におい」
ヒューズ氏の共同研究者ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンの古生物学者ジョン・フィナレッリ氏は、恐竜の感覚を解明するという考えに長年夢中になり、特に嗅覚に焦点を当ててきた人物だ。
「白亜紀の環境は、どんなにおいがしたのでしょう? 外見がどうだったかについての意見はたくさんありますが、においについての議論はあまりありません」とヒューズ氏は話す。
今回の論文で、ヒューズ氏とフィナレッリ氏は、恐竜の脳の形に着目した。保存状態の良い一部の頭蓋骨の内側を調べれば、脳の形はある程度わかる。もちろん、この方法では細部まで明らかにできないと思う人もいるだろう。そこで、両氏は生きたサンプルを活用することにしたのだ。つまり、今も生きる最後の恐竜「鳥」と比較したのだ。
現生の鳥の場合、一般に嗅覚受容体(特定のにおい分子と結合するタンパク質)が多いと、嗅球(においを処理する脳の領域)が不釣り合いなほど大きい傾向が見られる。そこで、ヒューズ氏とフィナレッリ氏は、現生の鳥42種、絶滅した鳥2種、アメリカアリゲーター、絶滅した非鳥類型恐竜28種について、嗅球の大きさと測定した脳の大きさの比率に触れた科学文献を調べることにした。また、現生の鳥のDNAを調べ、すべてのデータを先行する研究と照合して、現生動物の嗅覚受容体に関する遺伝子の新たなデータベースを作り上げた。
こうして得られた現生生物のモデルを恐竜にも当てはめたところ、ティラノサウルス・レックスは嗅覚受容体に関係する遺伝子を620~645個持っていたことがわかった。この数は、今日のニワトリやイエネコよりわずかに少ない数になる。また、アルバートサウルスなど他の大型肉食恐竜も、嗅覚受容体に関する遺伝子が多かった。
ところで、においは食べ物を見つけるためだけのものではない。動物は、仲間の識別、縄張りの主張、異性の誘惑、捕食者の検知など、様々なことににおいを利用している。ちなみに、現生の脊椎動物の中で嗅覚受容体に関する遺伝子が最も多いのは草食動物のゾウで約2500個も持つ。ゾウは、その鋭い嗅覚で、においだけで食物の量を数えられるという。
研究では、肉食恐竜よりも草食恐竜のほうがにおいを活用していたことも示されている。例えば、今回調べた草食恐竜の1種、獣脚類のエルリコサウルスは、ヴェロキラプトルといった小型肉食恐竜よりも、嗅覚受容体に関する遺伝子が多いことがわかった。それなのに、肉食恐竜であるティラノサウルスとアルバートサウルスは、全恐竜の中で最も優れた嗅覚を持っていたと考えられるのだ。
未知の香りを嗅いでいた?
では、ティラノサウルスの嗅覚が鋭いのは何のためだったのか? 将来の研究で、ティラノサウルスがどんなにおいを嗅いでいたのかが、正確に解き明かされるかもしれない。ヒューズ氏とフィナレッリ氏は、既存のデータからも、恐竜には血や一般的な植物など、特定のにおいを嗅ぎ分ける能力があったと考えている。しかし、嗅覚受容体に関する遺伝子のすべてが、特定のにおいに関連付けられているわけではないことも留意しなくてはならないだろう。
「とても奇妙なことですが、においがどう作用するかはわかっていても、どのにおいがどの嗅覚受容体に結びつくのかについては、ほとんどわかっていないのです」とヒューズ氏は話す。「ひょっとしたらわかっていても、香水を作る会社が企業秘密で公開していないだけかもしれないですけれど。でも、科学の世界では、特定のにおいとそれに結びつく受容体が何かはまだ解明できておらず、大きな課題になっています」
将来的には、一部の水生哺乳類の祖先が水中に移動した際に嗅覚が退化したことなど、長い時間をかけた感覚の進化でのトレードオフも解明できるとヒューズ氏らは考えている。また、同様の研究は、非鳥類型恐竜にも適用可能で、想像力をかき立てられるとヒューズ氏は話す。
「子供の頃から、ずっと恐竜が大好きなんです」とヒューズ氏。「ですから今回、恐竜に関する知識ベースに少しでも貢献できたことは、本当に嬉しく思っています」
(文 MICHAEL GRESHKO、訳 牧野建志、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年6月14日付]
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