金融業界の社員は2~3年で異動を繰り返し、全国津々浦々へと転勤することも多い。転勤を言い渡されるのは主に男性社員。家族がいる場合、家族が帯同するか、単身赴任するかを選択してきた。だが、女性社員と共働き世帯の増加、社員が介護に直面することなどもあり、転勤を強いることは難しくなってきた。そこで、AIG損害保険は本人が希望しない「全国転勤」を廃止する制度を導入した。実現へのプロセスをどう進めているのか、人事担当の福冨一成執行役員に聞いた。
そもそも転勤は必要なのか
白河桃子さん(以下敬称略) 金融業界といえば「出世するなら全国転勤が当たり前」というのが長らく信じられてきた常識でした。それが2018年、損保大手の御社が「転勤制度を見直す」と発表された時には大きな衝撃が走りました。いよいよ運用が始まったそうですね。
福冨一成さん(以下敬称略)はい。19年1月から開始しています。

白河 あらためて、なぜ転勤廃止に踏み切ったのか、その経緯から教えていただけますか。
福冨 「そもそも転勤は何のために必要なのだろうか」という根本的な問いから始めました。一言でいうと、社員が長く働き続ける会社を目指した結果の選択です。かつて「24時間働けますか?」という滋養ドリンクのCMがはやりましたが、弊社もまさにそういった方を中心とした社員構成となっていました。しかし、近年、急速に女性の活躍が進み、女性に限らず子育てや介護、あるいは自分の病気の療養などで長時間働くことは難しい社員が増えてきました。両立が難しくなると、最悪の場合は辞めてしまう。「これではいけない、根本的に会社の人員配置の施策を見直す必要がある」と危機感を持ったことが出発点です。
白河 前提となる背景として、18年1月にAIU損害保険と富士火災海上保険の合併によってAIG損保という会社が生まれていて、現在の役員一覧を見ると、外国人や女性の名前が目立ちます。日系と外資系の会社が一つになり、社内カルチャーの多様化が進んだということもありますか。転勤制度は特に日系の企業文化になじんでいたのだと思いますが。
福冨 そうですね。富士火災は典型的な日本の会社だったと思います。
白河 専業主婦の妻がいる男性中心で、転勤を前提にしてキャリア設計してきたということですね。AIUはいかがでしたか。
福冨 AIUも全国に支店を持っていますので、当たり前のように転勤はありました。当社の業務は大きく分けて3つ。営業、保険金をお支払いする損害サービス、バックオフィスの業務がありますが、最初の2つはやはり転勤を伴う職種として男性が占める割合がかなり多いのが現状です。
働く場所の希望を聞き、配置する制度に
白河 入社時点から区分の選択はあるんですか? よく聞くのは「全国転勤あり・なし」で採用時に選ばせる方式ですが。ほとんどは「エリア総合職」は女性の仕事で、男性は事情があってもそちらにはいけないようになっているのが実情です。
福冨 過去にはありました。いわゆる一般職と総合職と分けて、総合職のみ転勤ありという制度です。それから16年5月に、合併を見越して人事制度を一本化したのですが、この時は振り切って「全員転勤あり」の採用に変えました。旧制度で「転勤なし」の地域限定職で入社していた方には、一人ひとり意向を聞いて希望に沿いました。
白河 それからまた180度変えて、今度は「転勤なし」になったと。
福冨 正確に言いますと、働く場所の希望を定期的に聞き、社員が働きたい場所に配置する制度になりました。16年に人事制度を一本化した後の次のステップとして、「社員にとって本当に働きやすい環境とはどういうものだろう?」という原点に立ち返り、「Best Place to Work(=活き活きと働ける職場)」をテーマに掲げて議論を進めてみたんです。その取り組みの一環として、今回の「転勤廃止」も浮上しました。