最後の再生機でMD試聴 平成生まれが感じた懐かしさ
「年の差30」最新AV機器探訪
1992年に発売され、一世を風靡したMD(ミニディスク)。2000年代の中頃からはiPodの登場により影を潜めていったが、昔聴いていたMDが今も家にあるという人も多いのではないだろうか。
記事「平成生まれのMD 再生機は生産終了間近、部品も… 」では、昭和世代のオーディオビジュアル評論家・小原由夫と平成生まれのライター・小沼理が現在もMD再生機器を生産し続けるティアックを訪れ、MD業界の現状を聞いたが、今回は、そのティアックが発売するMDデッキ「MD-70CD」を使い、小原さんのスタジオでMDを聴いてみた。
全盛期にはMDオリジナルタイトルも
小沼理(27歳のライター。以下、小沼) 今回は最後のMD再生機になるかもしれないMD-70CDでMDを聴くため、小原さんのスタジオまでやってきました。ただ聴くだけではなくて、小原さんの数百万円のオーディオ環境で聴くのがいいですね(笑)。
小原由夫(55歳のオーディオ・ビジュアル評論家。以下、小原) それがこの連載が他と一線を画すところですよ。良い環境で聴くからこそ、その音源やハードの真価が問われるというものです。
小沼 楽しみです。ところで、MDは通常CDの音源を圧縮して録音しますよね。この圧縮音源にはどんな特徴があるのでしょうか。
小原 MDは「ATRAC(アトラック)」という圧縮方式で録音されています。圧縮とは、要するに音を間引くということ。ATRACは「大きい音に隠れた小さな音」「20キロヘルツ以上の音」「人間の耳に聞こえにくい微小な音」の3つをカットすることで、データ容量をコンパクトにする方式です。
小沼 データ量を小さくすることで、CDよりも小さなMDのディスクにたくさんの楽曲を収録できるようにしたわけですね。昔使っていたときは音質がどんなものなのかなんて意識したことはありませんでしたが、きょうはしっかりと確かめてみたいと思います。何を聞きましょうか。
小原 今日はこの連載の担当編集から面白いものを貸してもらったんですよ。
小沼 これはジャミロクワイのMD作品ですか?
小原 「Hollywood Swinging」というMDオリジナルタイトルです。1997年11月21日、「Virtual Insanity」のヒット中にリリースされたコンピレーション盤だとか。
小沼 たしか、当時はMDに最初から音楽が収録された作品もリリースされていたんですよね。
小原 ソニー・ミュージックエンタテインメントの広報によれば、MDが登場した1992年11月にリリースされたタイトルはマライア・キャリーの「エモーションズ」など88タイトル。2001年までに1000以上のタイトルを発売していたそうです。
小沼 2001年ということは、僕が9歳のときですね。見かけたことがないわけだ。でも、こうしたMDのパッケージは小さくてかわいいですね。カセットテープの長方形のビジュアルが若者に刺さったように、きっかけがあればはやる気がします。
圧縮音源とはいえ今聴いてみると
小原 ではこのMDをMD-70CDで聴いてみましょうか。オリジナルとしてリリースされているものだとしたら、音質も気合いが入っているはず。
小沼 お、1曲目は「Virtual Insanity」ですね。
小原 ……これはかなりハイファイな音ですね!
小沼 以前、聞きましたが、「良い音」ってことですよね(記事「1万円台の完全無線イヤホン対決 立体感はパイオニア」参照)。小原さんのスピーカーが良いのか、音源が良いのか、MD-70CDが良いのか僕にはわかりませんが(笑)、ベースの音など迫力を感じます。先ほど圧縮音源の話をしましたが、聴いていてどうですか?
小原 特に圧縮音源だから物足りないとは感じませんでしたね。むしろ改めて聴いてみると、同じ圧縮音源でもmp3よりずっと良い音だと感じました。
小沼 mp3のほうがより圧縮率が高いからということでしょうか。
小原 そうですね。mp3のほうがもっと音を間引いています。MDが出てきた当時は圧縮音源ということで評論家筋ではあまり良い印象はありませんでしたが……今聴いてみると、十分な音質だと思います。
「プレイリスト」にはないガジェット感覚
小沼 僕が持ってきたMDも聴いていいですか? 僕が作ったMDは見つからなかったので、姉が一人暮らしをする時に譲り受けたものなんですが。
小原 お姉さんからもらったMDですか。うわあ、ラベルにすごく丁寧に文字が書かれてる! お姉さん、マメですね。
小沼 こうした凝り方はMDやカセットなど、フィジカルの録音物ならではですよね。僕はこんなに丁寧にラベルを書いてはいませんでしたが、録音する音楽にあわせてMDを選ぶのに凝っていましたね。このアルバムは赤いジャケットだから、赤いMDに録音しよう、とか。
小原 TDK派とかマクセル派とか、好みのメーカーを決めている人もいましたよ。ソニーのプレーヤーで再生するならMDもソニー製がいいだろう、というような、迷信めいたこだわりもありました……。カセットやMDは、今でいうガジェットなのだと思います。iPodはハードはガジェットでも、ソフトはデータ。その点では味気ないですよね。
小沼 これがプレイリストだったら「一人暮らしをする姉から譲り受ける」なんてことも起きなかったわけですし。このMDから知った音楽がたくさんあったなあ……。
小原 じゃあ、その中から一番懐かしいものを選んでください。
小沼 では、スピッツの『インディゴ地平線』にします。……うわー、1曲目から懐かしさが!!
小原 完全に懐古モードになってますね……(笑)。
録音メディアとしての価値を再認識
小沼 このまま最後まで聴きたいところですが、次に進みましょう。このMDはCDから録音したものですが、やはり録音物はオリジナルに比べて音は劣化するのでしょうか?
小原 多少は落ちるかもしれませんが、このMDを聴いても決して音が悪いという印象はありませんね。最後に、私の持っているMDで比較してみましょう。これはマドンナの「ray of light」というアルバムに収録されていた「Frozen」という曲を録音したもの。録音元になったCDも手元にあるので、聞き比べてみます。
小沼 まずはMDですね。これでも十分にハイファイだと感じます。次にCD。これだとどうなるんだろう……あれ、圧倒的にCDのほうが音が良く感じる! 曲の奥行き感がまったく違います。
小原 気づきましたか。実はこれ、ティアックとは別のプレーヤーで再生しているんですよ。
小沼 まさか、そのプレーヤーが良いから音が良く聞こえるというオチですか?
小原 その通り! これはドイツのメーカー「T+A」の「PDP3000HV」という、250万円くらいのオーディオプレーヤーです。
小沼 ティアックのMD-70CDは6万円ほどなので、それを比べるのは酷ですよ(笑)。でも、MD-70CDでMDを聴くのでも十分高音質なのに、それをはるかに上回ってハイファイに聴こえるとは……。AV機器の青天井ぶりに改めて驚かされますね。
小原 気を取り直して、MD-70CDでCDを聴いてみましょうか。……うん、少し音が落ちたように聞こえますが、気になるほどではないですね。MD-70CDもよくできているなあ。
小沼 僕には違いがわからないですね。小原さんのスタジオで、大音量で聴いてこれなのだから、日常的に使うぶんにはまったく気にならないでしょうね。
小原 最後は少し脱線したけれど、今回の試聴はMDの音質のポテンシャルを感じる結果でした。これだけしっかりとした音で再生できるメディアにもかかわらず、もう再生機器の生産も終わりに近づいていて、やがてなくなっていってしまう……。そのことには、やはり寂しさを感じますね。
◇ ◇ ◇
再生機器がなくなろうとしていることで、その役目を終えつつあるMD。小原さんのスタジオで聴いたことで、その音質的なポテンシャルを改めて感じることができた。一方で、MDはガジェットとしても楽しさがある。今回、たまたま現在も再生できるMDウォークマン「MZ-E3」を入手したので、小沼が通勤時に使ってみた。
まず、サブスクリプションのようにいつでも膨大なライブラリから好きな音楽が聴けるわけではないことに、かえって新鮮さを覚えた。MDを選んで再生すると、曲をスキップしたり、シャッフル再生したりすることはできても、MDを取り換えるのはスマートフォンで音楽を聴いている時のようにはいかない。しかし、無尽蔵に曲を変えられないぶん、吟味して選び、集中して聴くようになった。これはカセットテープと同様だ。
音質も、普段聴いているApple Musicよりも良いように感じる。Charaの「やさしい気持ち」で聞き比べたが、Apple Musicのほうがすっきりして聞こえ、MDののほうが鳴っている音がふくよかという印象だった。
移動中の電車や街中で使っていると、周囲から好奇の目で見られることも(笑)。MDを使っていた世代からは懐かしく、まったく使ったことがない世代からは新しいものに感じられるのだろう。生産が終了しており、プレーヤーも手に入りにくいことを考えると難しいのかもしれないが、インフルエンサーが取り上げるなどのきっかけがあればブームになりそうだと感じた。
かつて一世を風靡したMDだからこそ、この幕引きは寂しいもの。MD世代の一人としては、令和の時代にもう一度ブームが来てほしいのだけど。
1964年生まれのオーディオ・ビジュアル評論家。自宅の30畳の視聴室に200インチのスクリーンを設置する一方で、6000枚以上のレコードを所持、アナログオーディオ再生にもこだわる。最近のヘビーローテーションは『Another Time,Another Place』(ジェニファー・ウォーンズ)。
小沼理
1992年生まれのライター・編集者。最近はSpotifyのプレイリストで新しい音楽を探し、Apple Musicで気に入ったアーティストを聴く二刀流。最近のヘビーローテーションは『めぐる』(優河)。
(文 小沼理=かみゆ、写真 加藤康)
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