溶け合う日本と台湾の温泉文化 「星のや」台中に開業
2019 年6 月30 日、台湾・台中にオープンする星野リゾート「星のやグーグァン」のコンセプトは、「温泉渓谷の楼閣」。星野リゾートが運営する高級リゾート「星のや」としては、2017 年1 月にインドネシア・バリ島に開業した「星のやバリ」に続いて海外2 拠点目、国内も合わせると7拠点目となる。
湯量が豊富な台中郊外の温泉地、谷關(グーグァン)の温泉街を見下ろす山の中腹に開業する星のやグーグァンは、星野リゾートが台湾で初めてプロデュースするラグジュアリー温泉リゾートだ。グーグァンは、台中市にある台中駅からクルマで1 時間半ほど。台中には成田空港から直行便で向かうことができるほか、台北駅から新幹線に乗れば、2 時間半ほどで到着する。
ワンフロア丸ごと温泉部屋
台湾有数の温泉地として知られるグーグァン。特徴は、なんといっても豊富な湯量にある。この自然の恵みをこの土地ならではの魅力とし、存分に楽しめるよう、全客室に源泉かけ流しの半露天風呂を設けた。共用の大浴場はもちろん、各客室にも天然の温泉を引き込んでいる。
「星のやグーグァンの客室の造りは、台湾では初めてのものだと思う」と語るのは、田川直樹・総支配人だ。田川氏は、大学卒業後、人材紹介会社、メーカーでの海外営業を経て、12 年に星野リゾートに入社。「星のや軽井沢」での研修を経て、「星のや竹富島」に約7年間勤めた。星のやグーグァンの総支配人として、開業準備を指揮する。
客室は、全50 室のうち、3 部屋を除いてメゾネットタイプ。上下階を切り分け、浴室がリビングフロアとは別階に独立した構造になっている。単なる露天風呂付きの客室ではなく、メゾネットのワンフロアが丸ごと、温泉を楽しむための空間になっているのが特徴だ。半露天風呂を備えたこの浴室にはルーバーがあり、ルーバーを開ければ、山あいを抜ける風が室内を通る。風の強弱や周囲とのプライベート感を、ルーバーの開閉で調節できる。
「温泉専用フロアにはベンチがあり、浴槽のすぐ隣にソファも用意している。ずっと湯船に浸かって過ごすのではなく、お湯から上がってソファで本を読んだり、ベンチに座ったり、出たり入ったりを繰り返しながら楽しめる」と田川氏は言う。
浴室フロアから見えるグーグァンの景色も、温泉を楽しむための要素の一つ。グーグァンでも高い場所に位置するため、湯船に浸かればほかの建造物が視界に入らない。眼前に広がる山々を眺めながら入浴できるのも、ここならではの魅力になっている。
外観は、ガラスと木の格子を交互に重ねたような、凹凸のあるファサードだ。台湾の建造物は、高層ビルなどでも直線的な構造のファサードは少なく、さまざまな要素を付け加えた凹凸がある造りが多く見られる。おおらかな空間の使い方は、設計を手掛けた東環境建築研究所の代表取締役、東利恵氏が見いだした台湾建築の特徴だ。こうした特徴を台湾の文化の一つと捉え、空間づくりに取り入れた。廊下などにも、直線で構成した空間があまりなく、入り組んだような造りになっているのはそのためだ。
日本の温泉文化を伝えていく
滞在中は、屋外のプールで泳いだり、プールサイドに点在するガゼボでドリンクを飲みながら休憩したり、広大な庭をのんびり散歩したりするなど、思い思いに過ごすことができる。湯上がりラウンジでは、時間帯に応じて、松の葉を粉末状のシロップにしたかき氷や台湾茶を提供する。
敷地内の見どころの一つがウオーターガーデンだ。ウオーターガーデンは、庭全体に張り巡らされるように水路が引かれた庭。水路はつながったり、枝分かれしたり、庭全体が織りなす雄大なランドスケープの象徴となっている。このウオーターガーデンは、一部の客室からも眺めることができる。
「敷地内にいると、水路を流れる水の音や、周囲に生息するフクロウの鳴き声なども聞こえてくる。ほかにも、オオルリチョウやヤマムスメといった渓谷に生息する野鳥を眺めたり、裏手にあるトレッキングコースを散策したり、くつろげる場所や空間がいくつもあって、自分だけの特等席を見つけていただけるはず」(田川氏)
台湾の温泉は、基本的に水着を着用して入る。星のやグーグァンでは、温泉をより開放感を伴って楽しんでもらえるように、裸で入浴するなどの楽しみ方を提案していく。温泉の楽しみ方を紹介するスタッフ「温泉マイスター」の育成もその一環だ。ほかにも、露天風呂に入る前のドリンクを用意するなど、食事やスパメニューと組み合わせた、日本の温泉文化を体現する場所にしていく。体験としての温泉の楽しみ方を、ハードだけでなくソフトを活用しながら伝えていく考えだ。
開業してから当面は、宿泊客の7 割は台湾内から訪れると想定している。台湾内の人々をメインターゲットに、星野リゾートのリピーターや海外からの宿泊客を呼び込んでいく。
名産のチョウザメを日本の調理法で
温泉に並ぶ温泉リゾートの醍醐味といえば朝夕の食事だろう。台湾の食材を、さまざまな方法で調理する。朝食は、トッピングを添えた台湾粥や和の朝食、洋食を提供。夕食は会席料理。アラカルトの台湾料理や和食も用意する。
グーグァンならではの料理として、土地の名産であるチョウザメを南蛮漬けに。台湾食材を日本料理の技法で調理し、有田焼や九谷焼といった日本の器に合わせて出す。また、桃や柿、オレンジといった季節に応じたさまざまな果物も提供する。
土地特有の魅力を生かしたアクティビティーも、地元の資源を生かしてつくり込んでいく予定だ。例えば、敷地の裏手に広がる山々を巡るトレッキングや、施設から徒歩10 分の場所にある有名な湧き水をくんでコーヒーをいれる体験などが従業員からのアイデアとして出てきている。気功をベースとしたストレッチ。石けん作りのワークショップを開催し、それを露天風呂で使うといったアイデアもある。ほかにも、大自然を魅力として打ち出したものや、タイヤル族という原住民族の方々に笛など楽器の演奏や織り物を学ぶアクティビティーを検討している。
現地採用スタッフのアイデア生かす
開業に当たって、日本からやってきたのは、総支配人の田川氏や料理長に加えて、サービスを取り仕切る数名のみ。そのほか、合わせて60 名ほどのスタッフは、グーグァンをはじめとする現地の人々を開業に合わせて採用した。
検討中のアクティビティーのうち、地元の湧き水を使ってコーヒーをいれるアイデアや、食材としてチョウザメを採用するといったアイデアは、現地のスタッフの発案だ。
田川氏は、「台湾の人々は、やさしさが強い」と言う。開業準備に奔走する日々の中においても、現地スタッフが度々かけてくれた温かい声に助けられ、それが、ここで提供すべきもてなしの学びにもなっている。「一緒に働きながら、人情味などを強く感じる。開業に向けて、常にオープンな雰囲気で支えてもらえるのが心強い」と続ける。
台北ほどの知名度はまだないものの、台中は台湾の人々が「台湾で最も住みやすいところ」と名前を挙げるエリア。グーグァンには、人を引き付ける大自然がある。星のやグーグァンは温泉という明快な魅力を入り口に、人々がこの土地の魅力を深く体感し、持ち帰るための体験を、ハードとソフトを連携させてつくり上げる。
(発売中の日経デザイン7月号から再構成 ライター 廣川淳哉)
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