進化する大谷・サニブラウン 日本の指導者進歩した?ドーム社長 安田秀一

150キロを超える速球を投げる高校生がゴロゴロいて、ラッキーゾーンのない甲子園のスタンドにガンガンホームランを打ち込みます。ユーチューブなどで適切な情報をたやすく手に入れられる現在では、練習の質もはるかに高めることができます。昔は「シーズンオフ」はまさに「オフ」でしたが、現在では世界はもちろん日本でも、トップアスリートは「オフこそが鍛錬期」になっています。過去のアスリートでは考えられなかったような負担が全身を襲っているのは紛れもない事実でしょう。アスリートは優秀になるほど常にケガをするリスクを抱えています。野球選手の肘の故障、その他多くのスポーツで前十字靭帯断裂が頻繁に起こっているのはこうした背景があると思っています。

練習試合に登板した大船渡高校の佐々木朗希投手(2019年6月)=共同

一方、こうした現実を大人たち、日本のスポーツ界を仕切っている人たちはどれだけ客観的に洞察し、勉強し、理解しているでしょうか。今、高校野球の球数制限が話題になっています。私がざっと見たところ、プロ野球経験者ほど球数制限に消極的なように感じます。自分たちの時代よりも身体のレベルがはるかに向上し、身体への負担が極大化している可能性を考慮せず、経験談のみに基づいて論じてしまう。「走り込み不足……」「われわれのころは……」という自己の経験に基づくポジショントークに終始し、今のアスリートと自分とを客観的に比較、分析することができていないのではないでしょうか。

球数制限の議論は本質ではない

ただ、球数制限問題の本質はここにもありません。甲子園大会が抱える構造的な問題がその本質です。人口が20倍近くも違う都道府県を同等に扱って代表を選び、真夏の甲子園に集めて短い期間にトーナメントで競わせる。人口が少ない地域は人材も限られ、才能豊かな投手が1人現れれば、そこに過度に負担がかかるのは必然です。甲子園大会は運営自体がそもそも不公平で無理があると思います。

甲子園大会のみならず、国体を含む多くの「全国大会」は同様の本質的な課題を抱えています。神奈川県は人口907万人、それに対して鳥取県の人口は59万人、15~19歳人口は3万人弱しかいないのです。これを一律に並べて戦わせるのも無理があるし、人口の多い地域は地区大会自体が過密になります。ラグビーの高校全国大会では、ほぼ県大会が成立しない県があります。サッカーにおいては「スーパーシード」の問題も大きいです。

格差の大きな都道府県を前提に、全国一斉トーナメント、という仕組みがいびつすぎるのです。高校野球の球数制限を云々(うんぬん)するずーっと以前に、こうした問題を解決するような思考にたどり着くべきだと思います。私立で全国から選手を集められる高校と、学区で生徒が決められる公立高とを同じ土俵で戦わせる不公正さを是正すること。経験者であればこそ、そこに言及すべきであって、自分の狭い経験を美談にして語ることを恥ずかしく思って欲しいものです。

かく言う僕も、生徒数2000人を超える私立高でスポーツをしていて、条件の全く異なる公立高で頑張っていた「対戦相手」へのリスペクトは全くありませんでした。今思えば、全く誇りの持てない勝負であり、今となっては申し訳なく思ったりします。

ルールは誰かが作ったもので、金科玉条ではないのです。誰かが作ったのであれば、変えるのも自由なはずです。

社会が発展するには、環境の変化に人々や仕組みも対応して変革していくことが不可欠です。日本は今、この対応力がまったくだめになっていると感じます。若いアスリートの進化に触れ、その背景を洞察する。球数制限の議論を表面でとらえず、なぜこんな過密な日程でやるのかを本質から考察する。スポーツを通じて時代の変化に気付くことができれば、それはそのまま豊かな生活づくりに直結していくのではないでしょうか。

若い選手のパフォーマンスの向上に刺激を受け、食生活を改善する。

球数制限の議論を受け、ルールや大会の意義を考える。

今、ネット上に広がっている知識や教養に限りはありません。若いアスリートたちは、ポジショントークを押し付けてくる大人たちを反面教師にして、真理を追究してほしいですし、いびつな状態で高校スポーツに参画したことで少しばかり後悔のある人は、日本の統治構造について意見を持ってほしい、と生意気ながら思っています。

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わっている。

(「SPORTSデモクラシー」は毎月掲載します)

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