スープラ開発者「スポーツカーは成長産業」という理由
17年ぶりに復活したトヨタ自動車のピュアスポーツカー、新型「GRスープラ」。独BMWと初めて協業したことが話題になった。もちろんそこも気になるが、この「スポーツカー不毛時代」になぜ? と思う人も多いはず。だが、チーフエンジニア多田哲哉氏はとっておきの逆説を導き出す。小沢コージ氏が話を聴いた。
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小沢 そもそも何のために、誰のために今回スポーツカーを作ったのでしょう。それもスープラなんて本格的なクルマをBMWと一緒に。
多田 いい質問ですね。最近みなさんに同じことを聞かれます。でも僕らはけっこう逆だと思ってやっているんですよ。確かにカーシェアリングの時代になったら、クルマは今の3割ぐらいで十分といわれています。それどころかすでにクルマの所有はステイタスにもならないだろうし、単なる移動用のクルマなら買って持っている必要もない。駐車場も要らなくなりますし。
小沢 そういうイメージだと思います。
多田 でもそういう時代になってもクルマを買ってくれる人がいるとしたら、それってよっぽど趣味性が高いとか、愛情を注げるプロダクトだってことじゃないですか。その最たるものがスポーツカーだと思うんです。
小沢 最も要らないものですけどね。
多田 最も要らないものだけど、最も買いたいものでもある。今の自動車業界の中では数少ない成長産業の1つだと思っています。
小沢 成長産業! マジですか?
多田 そう思いません?
小沢 うーん、僕はいつも言ってますが、現在スポーツカービジネスで成功しているのは独ポルシェと伊フェラーリだけ。そのポルシェですら最近ではSUV(多目的スポーツ車)が販売の7割を占めていて、基本すっごく厳しいビジネスじゃないですか、スポーツカーって。
多田 ははは(笑)。確かに全体で言うとね。だけど、それは今だから厳しいんですよ。今後モビリティー社会にパラダイムシフトが起こると、逆にスポーツカーが生き残れる道が生まれる。スポーツカーに限らずとも、極めて趣味性が高く自分でお金を払ってでも所有したくなるクルマが絶対に求められる。そういう物作りに対するノウハウは、今からこういうことをやっていかないと絶対に蓄積できない。
ハイテクが生みだす新スポーツカーエンターテインメント
小沢 そんな先のことを考えていたんですか。いわば、クオーツ時計に席巻された後に生まれた機械式時計みたいなものですよね。
多田 その通り。時計も一旦アナログの機械式が売れなくなって、その後スイスメーカーが復活するわけじゃないですか。だけど今またアップルウォッチが売れるような時代にもなってきている。
小沢 機械式も売れていますけどね。
多田 ああいう老舗メーカーも、自分のブランドを生かしつつ、ハイテクを取り入れたハイブリッド時計みたいなものを生み出しているわけですよ。だから僕らも単にノスタルジックなスポーツカーを作ったわけではなく、クルマ自体は古典的なんだけど、それを核に新しいテクノロジーをたくさん取り入れた、新しいスポーツカーの遊び方を提案しているんです。
小沢 新型スープラにデータロガーを取り付けて実際のサーキット走行データをゲームに吸い上げ、ゲーム上で練習できるみたいな部分がそれですね。
多田 そう。しかもそれは自動運転時代のセンサーがあればこそで、技術進化があったから、簡単にいろいろな新しいトライができるようになったんです。
小沢 すべては密接にリンクしていると。自動運転の時代だからこそ生まれた新しいスポーツカーエンターテインメントだというわけですね。
多田 その通り。自動運転でクルマはつまらなくなるって思っている人もいるでしょうが、テクノロジーを使えば反対に面白くもできる。すでにオンラインゲーム上ではFIA(国際自動車連盟)公認の「GR Supra GT Cup」が、世界規模で行われていますしね。
小沢 それが、スポーツカーは成長産業であると言い切る証拠だと。
多田 そうです。
いったいなぜBMWと協業したのか?
小沢 再び「そもそも論」ですが、そもそもなぜBMWとスポーツカー作りで協業したんですかね。やはり技術力ですか。
多田 次はそこですか(笑)。協業は、なにかとネガティブに捉えられることが多いんですが、それってクルマ業界だけなんですよね。例えばiPhoneですけど、どこで作られてるか知ってますよね。
小沢 台湾の鴻海精密工業ですよね。工場は中国にあるみたいですが。
多田 それどころか主要パーツは日本、中国、台湾と様々なところから供給されていますが、そんなことで文句を言う人なんてどこにもいないんですよ。
小沢 iPhoneはデザインとかパッケージとか、使い勝手で評価されてますからね。
多田 だからクルマだってデザインとかアプリケーションとか、どうやって遊ぶかが一番大事なのであって、世界中から一番いいパーツを集めて、それを組み合わせて、いい作り手に組み上げてもらって、いかに価値を高めるか。それが当たり前なんです。
小沢 分かります。でもまあクルマは素材や産地へのこだわりが強いんですよね。昔からやけに(笑)。
多田 そうなんです。クルマに関してはどこか全部自分のところだけで作るべき、みたいなノスタルジックな幻想がある。でも今どき手持ちの技術だけで商品を作って勝負していたら会社は傾きますから(笑)。
小沢 ごもっとも。実際、今や独メルセデスが日産自動車にエンジンを供給し、マツダがFCA(フィアット・クライスラー・オートモビルズ)にスポーツカーを供給する時代ですからね。
多田 実際、スープラを作るにはBMWと協業するのが最も良い道だったと思うんです。具体的にはスープラといえばストレート6、つまり直列6気筒エンジンが肝じゃないですか。あれをもう一度作るとなると、時間はかかるし工場も作らないといけないしで、もう大変。
小沢 一からトヨタが直6エンジンを作り直すのは難しすぎますか。
多田 全然難しいことはないと思うんですが、では仲間はどれだけいるんだということなんです。昔だったら直6をスープラに使って、さらにソアラやマークIIにもというふうに仲間はいくらでもいましたが今はそれはない。
小沢 つまり協業は必然だったと。
多田 そうだと思います。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」、不定期で「carview!」「VividCar」などに寄稿。著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)など。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 北川雅恵)
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