強烈キャラ茂造、実は苦労人 吉本新喜劇の復活に一役
辻本茂雄さん、座長時代の28年を語る
3月に60周年を迎えた、関西のお笑いを代表する吉本新喜劇。辻本茂雄さん(54)は長年務めた「座長」を2月で勇退した。人気キャラ「茂造」を確立、1980年代に低迷した新喜劇を復活させた功労者の一人だが、喜劇人としての歩みは平たんではなかった。
◇ ◇ ◇
「『座長』に就任したのは1999年なので『20年間ご苦労様でした』と言われますが、実はもっと長いんです。95年には内場勝則さん、石田靖さんと『ニューリーダー』に就きました。さらに遡って91年、27歳ごろでしたか、座長を務めることもありました。人気再生を図る「新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン」を受けて今田耕司さん、東野幸治さんらが座長に起用され、2人が抜けた後は私たちも任されるようになりました。呼び名はころころ変わっても任務は同じですから、足掛け28年になるんです。この間一緒に務め上げたのは内場さんだけ。勇退直前になんばグランド花月で2人が座長を務めた公演では、内場さんが『アホボン』、私が白と黒の格子柄のスーツを着たこわもて役と往年の人気キャラでお互いゲスト出演し、労をねぎらいました」
「長年務められたのは目標を持って走ってきたからでしょうか。中学生のときに中野浩一さんに憧れて競輪選手になろうと決め、自転車競技部のある和歌山北高校に進みました。ところが、家業のうどん店で使う鉢を買いに行った母を迎えに行き交通事故に遭いました。ケガは軽く済みましたが、右足に腫瘍が見つかり手術。1年程度リハビリして検査したら今度は左足に腫瘍が見つかり、医師からは『競技用自転車のペダルはこげない』と言われました」
「夢が破れてアルバイトをしていたとき、母の買い物に付き添い、なんば近くの千日前道具屋筋商店街を訪れました。まだ、なんばグランド花月が建設中で、吉本総合芸能学院(NSC)5期生募集のポスターを見つけました。ダウンタウンさんの活躍がニュースで取り上げられていたころで、お笑いの世界にかけてみようと入学しました」
「稽古場不足で5期生はすぐ解散に追い込まれました。今も残っているのは漫才コンビ、ティーアップの前田勝君ぐらいです。その後『三角公園』というコンビで活動していましたが、相方が引退したため、89年に新喜劇に入りました」
「当初はネタを少し見せてすぐにはける(退出する)チョイ役ばかり。出番のない週は3回ほど客席の後ろから見学し、笑いの取り方や日々修正される芝居の展開などを徹底的に学びました。ぼちぼち出番やセリフが増え、顔の特徴から『あご本さん?』『辻本や!』といじられキャラになりました。でも、内場さんや石田さんは既に舞台を切り回す主役級を演じていました。負けてはいられないとプロデューサーに『あごネタやめます!』と申し出たら、『あごネタ取ったら何が残んねん!』と言われ、3カ月ほど出番がなくなってしまいました」
「寛平兄さんの地方営業で主役級の方が急きょ出られなくなり、空いている私にお鉢が回ってきました。張り切って出演者にツッコミを入れまくっていたら、寛平兄さんに色んなところで『辻本のツッコミはオモロイで!』と広めていただいたおかげで、仕事が増えるようになりました。最大の恩人です」
「『茂造』の初登場は95年ごろ、私が演じる年老いた博士と山田花子さんによる孫の話でした。手塚治虫先生の漫画キャラ『お茶の水博士』をモチーフにしたものでしたが、登場時のかつらは今のようなちゃんとしたものじゃありませんでした。97年に『超!よしもと新喜劇』と題したテレビ放送で東京に出たものの、大阪ならではの新喜劇を演じられず、1年ほどで大阪に戻されました」
「上沼恵美子さん、やしきたかじんさんの番組に呼んでいただき幸い、仕事には困りませんでした。たかじんさんからは『茂造、オモロイから大切にせいや』と背中を押していただき、会社には『集客、テレビの視聴率など結果を出します』と訴えて人気を定着させることができました。『茂造』って、ハチャメチャだから、そばにいたら鬱陶(うっとう)しいけど、いないと寂しい、みたいなキャラなんです」
「座長のときは責任を負っているから、座員に『こうしろ』と厳しく指導してきました。ベテラン座員として参加する今は経験に基づいて『こうしたら面白くなるで』とアドバイスしています。自分の役割をわきまえ、居場所を確保することが大切です。会社勤めの経験はありませんが、新喜劇という組織も同じかもしれません」
「少し前から勇退の話が出ていたので、昨年から半年程度かけて、自分が座長を務める芝居に出てくれる後輩の平山昌雄君、森田展義君、もじゃ吉田君、レイチェル君らには芝居中『アドリブ祭り』と称した無茶ぶりで鍛えていました。対応する彼らもきつかったと思いますが、登場時にお客様の拍手が増えたのでよかったと思います」
「勇退発表後、大勢のファンの方から泣かれて戸惑いました。『いやいや新喜劇を辞めるんやないですよ』と。『茂造』はキャラが強く、リーダーたちの芝居を食ってしまう可能性があります。リーダーの中では、清水けんじ君が演じる『おしみ婆(ばあ)さん』がお年寄りどうし息ぴったりの芝居ができました」
「座長を退き肩の荷が降りた分、『茂造』シリーズの特別公演に力を入れます。祇園花月(京都市)、御園座(名古屋市)、なんばグランド花月などで続けます。約50分の通常公演は前日約4時間の稽古で本番に臨むのに対して、特別公演は台本作成に数カ月、他の劇団員にも参加してもらって稽古も1カ月ほどかけ、セットチェンジもある大掛かりな芝居です。お客様のノリが良すぎて予定の2時間をオーバーして3時間近くになったこともありました。営業で各地を回る機会も増えるでしょう。泣きもあるし、笑いもある、お客さまを飽きさせない芝居を演じますので、『笑いに来たらどうや!』」
(聞き手は苅谷直政)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。