元日テレ記者 乳がん闘病復帰から10年の軌跡

日経doors

神懸かったスピードでマギーズ東京を開設

その後はマギーズ東京を作るために無意識のうちに準備していたんじゃないかと思うくらい神懸かったスピードで物事が進んでいきました。早速、日本に帰ってマギーズセンターを検索すると一人の名前が出てきました。日本にもマギーズセンターを作りたいという思いの下、モデルにした「暮らしの保健室」という施設を開設されていた秋山正子さんでした。

フリーペーパーの発行や若年性がん患者団体の立ち上げなど、精力的に活動を続けた

私は記者だから会いたい人には躊躇(ちゅうちょ)なくアポを取って会いに行くフットワークはあります。そこで早速、秋山さんにアポを取り、マギーズについていろいろと話を聞きました。そして会ったその日に「一緒に作りませんか」とお伝えしてみると受け入れてくれました。そしてマギーズ東京開設に向けて動き出しました。

まずは土地探し。不動産会社に勤める友人に連絡してみると、たまたま豊洲エリアにある遊休地を有効活用する企画を募集する話があるとのこと。あまりのタイミングの良さに鳥肌がたちました。

そして話はとんとん拍子に進み、破格の条件でその土地を貸してもらえることになりました。分からなければ一番詳しそうな人に相談してみる。それが大きなチャンスを呼ぶことになると実感しました。

次は資金調達です。できれば1000万円は調達したい。そこで周囲からの勧めもあり、クラウドファンディングを開始しました。フェイスブックでクラウドファンディングに関する投稿を毎日しつこいぐらい繰り返して呼びかけ、最終的に2200万円の支援を頂くことができました。その結果、2020年までにオープンしたいと思ったのですが、4年も前倒しで開設することができました。オープンしてからは、たくさんの方にご利用いただき、2019年1月までで約1万4000人の患者や家族が訪れました。

マギーズ東京のオープニングイベントには1050人もの人が訪れた。来賓には塩崎恭久厚生労働大臣(当時)も

仕事を辞めて夫と共に世界一周へ

仕事もプライベートも順調で、34歳の誕生日目前に結婚。このままこの調子でやっていくのかなと感じていた矢先に夫にこんな提案をされました。それは「がんになって10年」が迫った2018年のバレンタインデー。ホテルのレストランで食事中に夫が「一緒に世界一周に行こう。美穂が覚悟できるなら同じタイミングで仕事を辞める覚悟ができたから」と言ってくれたのです。かねがね世界一周が夢であることは伝えていました。ただ、行くのは仕事の合間、有給休暇を集めて弾丸でと思っていましたが、「美穂が思うような形で一緒にかなえよう」と提案してくれました。

もちろん二人で仕事を辞めることには不安がありましたが、生きてさえいれば仕事はなんとでもなる。長い人生1年くらい好きなことをしてもいいのではないかと思うようになりました。しかもがんになってから10年の年。絶好のタイミングで夢への実現へとかじを切ることができました。

これから世界中のまだ見ぬ景色や面白い人に出会って、「やっていきたいことのモデル」をたくさん見つけたいと思っています。人生は一度きりしかないのですから、もっと自由に、柔軟に歩んでいきたいと思っています。

※鈴木美穂さんは今年6月2日、無事日本を出発し、世界一周の旅をスタートさせています。

(取材・文 飯泉梓=日経doors編集部、写真 小野さやか)

鈴木美穂
1983年生まれ。2006年慶応義塾大学法学部卒業後、日本テレビに入社。報道局社会部や政治部の記者、「スッキリ」「情報ライブ ミヤネ屋」ニュースコーナーのデスク兼キャスターを歴任。著書に『もしすべてのことに意味があるなら』(ダイヤモンド社)がある

[日経doors2019年4月15日付の掲載記事を基に再構成]