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老後資金問う「2000万円」 家計どう対処すべきか

2019/6/23

資産形成に関する金融庁の報告書が事実上の撤回に追い込まれた。老後資金は約2000万円必要とする試算を示したことが不安や誤解を与えるとされた。しかし、必要額の把握と自助努力の重要性を強調した報告書の趣旨は何も間違っていない。働き方などで必要額はどう変わり、家計はどう対処すべきか考えた。

金融庁の金融審議会がまとめたのは「高齢社会における資産形成・管理」という51ページの報告書だ。人口動態の変化や家計の状況などを分析したうえで長生きに備え長期的に資産形成に取り組む重要性を指摘した。「多角的な分析によるしっかりした内容」と資産形成分野に詳しい久留米大学の塚崎公義教授は評価する。

■数字が独り歩き

ところが家計状況に関する説明の中で年金に頼って老後を暮らす場合、「30年で2000万円不足する」と記述したことが批判を浴びた。その不足額の根拠となったのは総務省の2017年の家計調査だ。

高齢夫婦の無職世帯の場合、1カ月の平均収入は年金を中心に約20万9000円、支出は約26万4000円。毎月約5万5000円の赤字となり、あと30年生きた場合、単純計算で2000万円になるとした。

報告書は「あくまで平均で、各自の収入・支出やライフスタイルなどにより大きく異なる」ときちんと補足していた。審議会の複数の委員も「もともと年金だけで暮らせるなどと思っている人は少ない。全体を読めば一例だとわかってもらえるはず」と話すが、2000万円という数字が独り歩きする結果となった。

では世帯によって用意すべき老後資金の額はどれくらい違うのか。改めて考えるため65歳以降の収支イメージを図Aに示した。

支出の規模については退職時の約7割を目安とするのが米国では一般的な考え方だ。今回の試算では単純化のため、前述した家計調査の平均額(月26万円強)と「ゆとりある老後生活」についてのアンケート結果(同34万9000円)の2つを示した。30年間の総額はそれぞれ9500万円、1億2500万円だ。

次に年金収入をみる。年金は国民共通の基礎年金と会社員などがもらう厚生年金の2階建て。うち厚生年金は高い収入で長く働くほど増えるので世帯間の差が大きい。図にはいくつかのパターンを示した。

夫が平均的な収入で40年働きその間妻が専業主婦の場合(厚生労働省のモデル世帯)、夫婦の年金額は月22万1500円。30年間の総額は約8000万円だ。平均的な支出総額に比べて1500万円少ない。

一見不足額は小さいが注意点がある。家計調査では対象世帯の95%が持ち家で住居費の平均は月1万円強と少ない。賃貸住まいならこれより大幅に高くなる。有料老人ホームに入ったり介護が長引いたりすれば支出は膨らむ(図B)。

安心を得るには年金額を増やす工夫が必要だ。まず有効なのが共働き。男女ごとの平均的な収入で60歳まで共働きした場合の年金額を試算すると夫婦合計で月28万円強だ。30年間の総額は1億円強となり、平均的な支出総額を上回る。

■それぞれの備え

年金の「繰り下げ受給」も選択肢だ。年金額は受給開始を通常の65歳から1カ月遅らせるごとに0.7%増え、70歳まで遅らせると42%増となる。図には夫婦が65歳まで共働きし、長生きしそうな妻だけが70歳まで繰り下げる例を示した。夫婦の年金額は70歳からは月約36万円に増加。総額は1億2000万円近くになる。社会保険料などの負担増を考慮すると手取りの増額はこれより緩やかだが、それでも効果は大きい。

老後を支える収入には他に定年退職金がある。平均額で見ると約2000万円だ(図C)。ただ長期で減少傾向にあるうえ、世帯によっては退職金を住宅ローンの返済に回す必要があることには要注意だ。自営業者は厚生年金などがない分、資産形成に取り組む必要性はより高い。

年金の財政検証(14年)によると現役世代の手取りに対する年金額の比率(所得代替率)は将来低下するが、これは現役の収入が長期で増える影響が大きい。ほとんど知られていないが、物価上昇を考慮して現在の価値に換算した年金額は多くの経済シナリオ下で現状とさほど変わらないというのが検証の結果だ。このため図の年金額試算は19年度実績を基にした。

年金財政が仮に予想より悪化すれば年金額は減るので心配なら金額を控えめに見積もりたい。老後の不足額が拡大するなら報告書が提言したように、支出削減や長期的な積み立てによる分散投資に、より積極的に取り組むことが必要だ。

(編集委員 田村正之)

[日本経済新聞朝刊2019年6月15日付]

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