powered by 大人のレストランガイド

エリート男子高校生も料理すれば体感 試行錯誤の喜び土屋敦の男の料理道(8)

栄光学園で男子高校1年生に味噌汁について講義した=PIXTA
栄光学園で男子高校1年生に味噌汁について講義した=PIXTA

毎年、東大をはじめとして難関大学へ多くの合格者を出す神奈川県の進学校であり、その一方で自由な校風でも知られる栄光学園高等学校。ここで私は週に1回、料理を教えている。

栄光学園は男子校なので、意外に思う方も多いかもしれない。「家庭科の授業ですか?」と聞かれることも多いが、実はそうではなく、高校1年生が週に1回受ける選択制の「高1ゼミ」として「栄光キッチンラボ」と題した授業をしているのだ。昨今は男も料理ができなければならない(あるいはモテない)と考えている男子、そして、料理ができたほうが将来困らないと考える保護者も多く、ゼミへの希望者は結構多い。

実はゼミでは「料理の作り方」は教えない。生徒たちが試行錯誤しながら料理を作る姿を、(いろいろ言いたいのをぐっとガマンしながら)見守るのである。

例えば、授業の初めに「じゃあ、味噌汁作って」と生徒たちに言う。そして、目の前には、羅臼昆布、真昆布、利尻昆布、日高昆布、そして、瀬戸内産のカタクチイワシの煮干し、同じくカタクチイワシの煮干しだが、長崎産のもの。そしてマイワシの煮干し。さらに多様な味噌。西京味噌、麦味噌、仙台味噌、赤味噌から白味噌まで麹(こうじ)歩合がさまざまに違う味噌を並べておく。

「ちゃんと素材を食べて味わってから、どんな味噌汁にするか方針を決めて作り始めてね」と付け加えて、授業は始まる。恐る恐る、生徒たちが動き出す。あとは基本的に見ているだけ。真っ先に味噌を入れたり、ぐつぐつと煮込んだり、作り方は様々だ。味噌汁が仕上がってきたら、味を見させてもらい、「おお」とか「いいね」などと感想は言うが、「どうすればいいですか?」という質問には、「いろいろ試してみな」というふうにしか答えない。

そうやって、「ああでもない、こうでもない」と悩みながら味噌汁を作る生徒たちを楽しく眺めるのが、私の仕事(?)だ。常に腹が減っている男子高校生たちなので、いきなり煮干しに味噌をつけてバクバク食べ始めたりもするが(おかげで今年は大量の煮干しを買う羽目になっている)、やがてそれぞれに味噌汁づくりに取り組み、熱中して個性的な味噌汁を完成させる。それを見るのが、本当に楽しい。

料理のいいところは、何より失敗しやすいという点だ。私がこの文章を書いている瞬間にも、世界中できっと何億人もの人が、焦がしたり煮すぎたりと料理を失敗していることだろう。多くの人が失敗しているのだがら、気軽にどんどん失敗できる。そこに料理の価値がある、とも思う。トーストが黒焦げになり、ジャガイモが煮崩れたところで、バツをもらって成績が下がったり、希望大学に行けなかったり、昇進の障壁になったりすることはまずない。

そもそも、料理には正解がない。いや無数に正解がある、といったほうがいいかもしれない。さらに「無数にある正解」に至る方法も無限にある。だから「ああでもない、こうでもない」といくらでも試行錯誤でき、その試行錯誤のたびにたくさん失敗できるのだ。

さらに言えば、料理の世界では失敗は容易に「成功」に転換する。アップルパイを作るためのリンゴをいためすぎるという失敗から生まれたタルト・タタン、チョコレートがオーブンでの加熱によって溶けるはず、という見通しが外れて生まれたチョコチップクッキー、寒い夜に窓際に棒入りのソーダを放置してできたアイスキャンディ、脂でつるつるのフォアグラが滑って溶けたチョコの鍋に落っこちて生まれた「フォアグラのチョコレートソース」。失敗から生まれたおいしい食べ物はたくさんある。

メールマガジン登録
大人のレストランガイド