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写真はイメージ=PIXTA

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社員がいきいきと働き、高いパフォーマンスを発揮する職場をつくるには何が必要か。産業医として多くの企業で社員の健康管理をアドバイスしてきた茗荷谷駅前医院院長で、みんなの健康管理室代表の植田尚樹医師に、具体的な事例に沿って「処方箋」を紹介してもらいます。

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「酒は百薬の長」といわれます。適度なアルコール摂取は、気分転換やストレス発散などの効果も期待されます。しかし、過ぎたるは及ばざるがごとし。日頃のストレスを晴らすために、ついつい飲み過ぎたり、飲む習慣がついて、やめられなくなるとアルコール依存症になる危険性があります。

決して他人事ではありません。国内にはアルコール依存症が疑われる患者が100万人を超えるとの推計もあります。

あるメーカーに勤務する40歳代男性の事例です。性格は真面目で責任感も強いとの評価でしたが、あるころから遅刻が多くなり、朝からアルコール臭を漂わすようになったというのです。日中、眠そうにしているという事で上司の勧めで、産業医と面談することになりました。

話を聞いてみると、夜、なかなか寝付けないため毎日、焼酎を水割りで5、6杯飲んでいるというのです。朝、起きるのも遅くなり遅刻がちに。定時に仕事を終えることができないため退社時間も遅くなり、土曜日、日曜日も出社もしているというのです。一人暮らしで、休みの日は朝からワインを1~2本飲んでいるとの事でした。

異動して3年になりますが、職場で、気軽に話せる同僚がいませんでした。アルコールを飲み始めたきっかけは、業務がうまくいかず、心配で、寝つきが悪くなり、どうにかしようと思った事がきっかけです。また、飲み過ぎて転倒するなどして、足を骨折したこともありました。明らかに日常生活で、アルコールを手放せない状態になっていました。

「お酒に酔う」というのは脳が麻痺することです。同じ量を飲んでも「酔い」の進み方は飲むペース、食事の有無、体調(疲労や睡眠不足、風邪などの病気)によって異なっています。「酔い」の段階としては「ほろ酔い」「酩酊(めいてい)」「泥酔」「昏睡(こんすい)」の4段階があります。

アルコールの浸透が脳の表面なら「ほろ酔い」で、陽気になったり、おしゃべりになったりする程度です。しかし、アルコールが脳の深い部分に浸透するに従い、「酩酊」「泥酔」と進み、同じことを繰り返してしゃべったり、千鳥足になったり、意識がはっきりしなくなったりします。さらに脳幹や脊髄にまで進むと「昏睡」となり、尿失禁や便失禁を招き、最悪の場合、死に至る恐れもあります。

よく「眠れないからお酒を飲む」という人がいますが、これは誤りです。最初のうちは飲酒で寝つきがよかったとしても、アルコールを慢性的に摂取することで、その効果は失われます。むしろ、寝つきが悪くなり、睡眠が分断されやすくなり、睡眠時間が減少してしまいます。また、深い睡眠が取れなくなり熟眠感も得にくくなります。睡眠の質が低下することで、日中のパフォーマンスも落ちてしまいます。睡眠をとっていると思っても十分ではない、いわゆる「睡眠負債」の状況です。

面談した男性に対しては、こうしたことを話したうえで、アルコール摂取の減量と、飲酒をしない「休肝日」を毎週2日連続して設けることを勧めました。さらに、専門の病院を紹介して受診してもらい、薬を処方されたところ、気分の落ち込みや不眠が改善。生活も規則正しくなり、業務でのミスも少なくなりました。

飲酒が習慣化すると、アルコールに耐性ができ、より多く飲酒しないと酔えなくなります。こうして飲酒量が増えていくと、肝臓への負担が増し、肝炎、肝硬変と進み、がんを発症する恐れがあります。

害を受けるのは身体だけではありません。職場や家庭、人間関係よりもお酒を飲むことを優先するようになり、仕事を続けられなくなったり、家庭生活が崩壊したりすることもあります。

こうした悲劇を避けるためにも、自分自身でお酒を断ったり、休肝日を作ったり、飲酒量を減らしたりすることが必要です。また、病院で薬を処方してもらうのも有効でしょう。

アルコール依存症の治療薬には、「抗酒剤」と、「飲酒欲求軽減薬」の2種類があります。摂取したアルコールは肝臓で酵素によりアセトアルデヒドに分解されます。アセトアルデヒドは頭痛や吐き気、動悸(どうき)などの気分不快の原因となります。このアセトアルデヒドの分解を妨げることによって、気分を不快にさせるのが「抗酒剤」です。前もって「抗酒剤」を飲んでから飲酒すると、強い不快感を感じさせる事で、飲酒することへの恐怖心を植え付け、ブレーキをかけます。

アルコールを長期間、多量に摂取し続けると、脳内の神経伝達のバランスが崩れ、その均衡を回復しようと、強い飲酒欲求が生じると考えられています。「飲酒欲求軽減薬」は脳の神経の働きに作用することにより、飲酒欲求を抑える効果があります。

アルコール依存症を疑わせる症状が認められるようであれば、ためらわず専門病院を受診することをお薦めします。

今回紹介した事例のように、家庭でも職場でも、気軽に話す相手もおらず、精神的な寂しさや孤立感が、飲酒の習慣化に拍車をかけてしまう事があります。お互いに精神的に支えあうという事は家庭においても、職場においても大切だと思われます。

ただ、周りでできることは限られます。薬も本人自身に飲む意志がなければ、治療効果は期待できません。すべては、本人自身が自らの病気を受け止め、「治そう」と決意することから始まります。

「酒は百薬の長」といわれますが、「万病の元」ともされます。どちらとなるかは、あなた次第です。

※紹介したケースは個人が特定できないよう、一部を変更しています。

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植田尚樹
1989年日本大学医学部卒、同精神科入局。96年同大大学院にて博士号取得(精神医学)。2001年茗荷谷駅前医院開業。06年駿河台日大病院・日大医学部精神科兼任講師。11年お茶の水女子大学非常勤講師。12年植田産業医労働衛生コンサルタント事務所開設。15年みんなの健康管理室合同会社代表社員。精神保健指定医。精神科専門医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。

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