W杯で逆転トライを 日本ラグビーに熱いエール
作家・池井戸潤さん
池井戸さんは最新作『ノーサイド・ゲーム』(ダイヤモンド社)で、この競技の面白さを伝えながら、かつての人気がない日本ラグビー界に一石を投じている。インタビューでも、日本ならではの試合終了の合図「ノーサイド」の精神が「うそっぱちになっているんじゃないか」と苦言を呈した。厳しい発言だが、その底に流れているのは決して冷たいものではない。むしろ日本ラグビーの未来への熱いエールだ。
――なぜラグビーの物語を。
「5年ほど前、飲み会でラグビー関係者から聞いた話が面白くて、いつか書きたいと思っていました。僕自身は(慶応大学の)学生時代に友達と応援の旗をもって観戦したくらいで、何十年もご無沙汰していたのが正直なところです。上田昭夫監督が率いた慶応大学がトヨタ自動車に勝って日本一になった試合(1985年度、スコアは18-13)はとても印象に残っていますね。国立競技場がいっぱいでした」
――取材、執筆を通じて日本ラグビーの変化を感じましたか。
「『ノーサイド』とか『One for All , All for One(一人はみんなのため、みんなは一人のため)』だとか、そうした美しい言葉で語られるラグビー像が、うそっぱちになっているんじゃないかと思いましたね。選手やファンは日本ラグビー協会の被害者だと本当に思いました。1万5千人収容のスタジアムに毎回3千人くらいの観客しか来ないのに、幹部は平気でいられるんだから」
――人気回復のためにまず必要なものは。
「プロ経営者、きちんとしたマーケティング、若い世代のファン、そして良い選手、レフェリー。これらは絶対に必要でしょう。本当の危機感をもった人材が日本協会にいないといけない。難しいと思われているルールや微妙な判定を、わかりやすく、面白おかしく説明できる解説者を育てるのも大事じゃないかな」
「日本代表も強くなきゃいけないし、そのためには競技人口を増やす以外にない。子どもたちが面白いなと思える試合、あこがれを抱く戦績が要ると思うんです。海外チームに大差で負ける試合を繰り返していたら人気は出ない」
――日本代表をどうみていますか。外国出身選手が多く選ばれています。
「もっと日本人選手がそろってないと人気は出ないと思う。ベストは全員が日本人。外国人は母国を離れて日本のために戦ってくれるんだからと、現状を前向きにとらえることもできますが、ラグビーをよく知らない一般の人には違和感があるかもしれません」
「海外の人材を入れて日本の代表を強くすることに、どんな意味がありますか。(国際リーグ「スーパーラグビー」所属の)サンウルブズみたいに、スタメンに日本人が3人程度しかいないのを、日本チームだから応援しろって言われてもね。それで勝てばいいけど、よく負ける。それなら日本人選手をもっと入れて、国際経験を積ませてやればいいのに」
――W杯の日本代表にはどんな期待を。
「初戦のロシアには勝てるだろうと言う人が多いけど、そんなはずはない、危ないぞ、と。五分五分くらいじゃないかな。僕のそういう厳しい予想を裏切って勝ってもらえたら、もう最高ですけどね」
――アイルランド、スコットランドといった強豪国との対戦はどうですか。
「前回W杯で強豪・南アフリカを破った試合は、すごく感動的でしたよ。こんなこともあるのか、と。だけど力が互角とは思えなかった。もう一回やって勝てるかといったら、勝てないと思う」
「だけど、この大会で勝てば、すごくファンが増えて、盛り返す可能性がある。W杯は日本ラグビーにとって最後のチャンスですよ。50歳前後のラグビー好きのおっちゃんファンが最後の砦(とりで)のように残っていて、応援している。悲観的なことを言いましたが、勝てば一発逆転です」
――競技そのものに感じる魅力は。
「『やったるでえ』的な格闘技の要素があるのは面白いですよね。ぶつかっていく闘争心。応援しているチームの選手が、相手をタックルで倒して『よっしゃー』みたいな、そういう盛り上がり方ができるのがいいですよね。タックルがバチーンと決まるときって、見ていても気持ちがいい」
――新著には試合前に選手たちが涙する場面など感動的なシーンがあります。どんな気持ちで書いているんですか。
「半分、泣きながら書いてますよ(笑)。だけど、ラグビーで試合前に泣くのは、日本だけなんだってね。日本ラグビーに特殊な光景と聞きました。初スタメンの選手や、ケガから復帰した選手に発言させ、話し手が泣き、聞いているみんなが泣いて、さあ頑張ろうと出て行く。泣かせる演出だけど、いいんじゃないですか」
――海外や日本のトップリーグにひいきのチームはありますか。
「とくにないですね。だけどニュージーランド(NZ)代表のハカ(キックオフ直前のグラウンドで選手が雄たけびをあげて踊る儀式)は見てみたい。動画サイトで何回見たことか。小説の中にも入れようと思ったんですけど、書かなかった。真剣な儀式だし、軽い気持ちで書くのはいけないと思いました」
「選手としてはNZ代表スタンドオフ(SO、司令塔役のポジション)のボーデン・バレットがいい。(作品に登場する若手SO)七尾のモデル。すごいキックパスを蹴るでしょ。ほかに実際のモデルがいる登場人物はいません」
――ラグビーやりたいな、と思ったことは。
「ないです。ラグビーボールにふれたのはきょうが初めて。(体格の大きな選手が多い)フォワードは無理だし。やれても(小柄の選手が活躍する)スクラムハーフくらいかな。だけど地面からパッと放る職人技のパスは難しいでしょうね」
1963年岐阜県生まれ。慶応義塾大学卒。都市銀行勤務を経て、98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞し、作家デビュー。2011年に『下町ロケット』で直木賞。半沢直樹シリーズや花咲舞シリーズ、『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』『陸王』『民王』『七つの会議』『アキラとあきら』など映像化された作品も多い。19年6月刊行の『ノーサイド・ゲーム』を原作にしたテレビドラマもTBSが7月からの放送を予定している。
(聞き手 天野豊文 撮影 瀬口蔵弘)
これまでの「W杯だ!ラグビーを語ろう」はこちらです。併せてお読みください。
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