トータス松本 「名誉の負傷」で買ったステッキに高揚
パワフルでソウルフルな歌声や温かみのあるメッセージが背中を押してくれる、ウルフルズ。そのフロントマン、トータス松本さんはバンドの活動はもちろん、現在放送中の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』への出演などでも話題になっている。そんな松本さんが「最近買って一番よかったと思った道具」というのがスタイリッシュなステッキ。大人の魅力あふれるトータス松本さんにぴったりだが、実は「名誉の負傷」によりやむを得ず購入したものだと笑う。
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このステッキは、おしゃれとかではなく、この春に僕が膝の半月板を断裂したときに必要に迫られて買い求めたものなんです。
6月26日に約2年ぶりとなるアルバム『ウ!!!』をリリースしたのですが、そのリードシングルとして『センチメンタルフィーバー ~あなたが好きだから~』を4月に先行配信。Music Video(以下、MV)も制作しました。実はこのときに「名誉の負傷」を負ったんですよ(笑)。
MVの後半で、男子高校生が好きな女子高生に告白して「よろしくお願いします」と手を差し出すと、女の子がその手を取ってOKの気持ちを伝えるシーンがあるんです。悲劇が起きたのは、それを見ていた僕ら(ウルフルズ)が大喜びして何度もジャンプする……という場面。着地したとたん、膝に激痛が走ったんです。これはただごとではないと思いましたね。
その日は痛みを我慢して撮影を終え、ビニール傘をつえ代わりにしてなんとか乗り切ったものの、翌日、医者に診てもらったら「骨は折れていませんが、半月板水平断裂です」と診断されました。できるだけ早く手術しないと痛みもひどくなるし、後遺症も心配だと言われました。
とりあえず歩くのもままならないからつえを買わなきゃと思ったけど、どこで買えばいいのか分からない。ドン・キホーテなら売っているんじゃないかと思ったら、やっぱり売っていたので、まずはそれを使いました。直後に控えていたクリープハイプ(2012年デビューの4人組ロックバンド)との「対バン」ライブも、そのつえを応急処置的に使いました。リハーサルでは痛みも出て不安を感じたのでスツールを用意してもらったんですが、本番になるとお客さんに乗せられるんでしょうね。アドレナリンが出るのか痛みもほぼ感じず、スツールに座ることもありませんでした。
ただそれで一段落ではなく、対バンライブのすぐ後に、両国国技館でのフェス「J-WAVE TOKYO GUITAR JAMBOREE」への出演も決まっていたんです。そこで大急ぎで2泊3日の最短コースで手術を受けることにしました。
フェスへは和装で出るつもりだったので、それに似合うステッキが欲しいなと思うようになって。ふと思い出したのが、新宿のヒルトン東京にあるステッキ専門店「ステッキのチャップリン」でした。5年ほど前に、同じフロアにあるハイエンドのオーディオ店をのぞいた際に見つけたんですよ。親父にステッキを贈ろうと考えていたときだったので店のことを覚えていたのですが、まさか自分用を買うはめになるとは(笑)。
ステッキを持つと背筋が伸びる
店内には驚くほどたくさんの種類があり、どれを選んでいいか見当もつきませんでしたね。高価なステッキもあることに驚きました。1万~2万円で買えるだろうと思っていたら、軽くその10倍もするステッキもある。
最初、シャフト部分が黒檀(こくたん)で、持ち手はシルバーというステッキがいいなと思ったんですが、価格を聞いたら20万円。びっくりしていたら、似た素材に銀メッキというステッキが6万円で買えると教えられて、選んだのがこのステッキです。お店の人によると、ファッションでステッキを使っている人には僕が買ったようなモデルを何種類かそろえている人が多いそうです。
持ち手のデザインもいろいろあるんですよ。T字型もあれば球体もあり、デザインも馬の顔、猫、ドラゴン、スカルなど本当にいろいろあって、見ていて楽しくなる。一番持ちやすいのはT字型だそうです。黒檀のT字型は内田裕也さんのトレードマークになっていましたよね。僕は自宅でたれ耳の犬を飼っているので、犬の頭の持ち手にしました。そういえば、どことなく(所属レーベルである)ビクターのキャラクター、ニッパー君にも似ているような(笑)。
そうそう、量販店で買ったものはアジャスターで調節するタイプだけど、専門店のステッキはセミオーダー式。ステッキは身長の半分に2~3cmプラスした長さがベストだそうで、僕もきちんと採寸してもらいカットしていただきました。
ステッキを使い、歩行が楽になったのはもちろんですが、気分が上がるのは予想外でした。スーツを着たときに感じる気持ちがパリッとする感覚に近いというか、不思議と背筋が伸びる。英国紳士の装いに欠かせないアイテムだったと聞くと納得ですし、収集している人がいるという気持ちも分かります。
僕はもともと「道具」が好きで、たばこは35歳でやめたけど、その代わりに葉巻やパイプにこり始めて、その結果、葉巻を持ち運ぶケースやパイプに必要なタンパーやライターをどんどん集めてしまう、そんなタイプなんです。最近買って一番良かったと思った道具は、間違いなくこのステッキですね。いい買い物したなあという気分になれた。
さて、大けがまでして撮影した『センチメンタルフィーバー』のMVですが、完成した作品を見ると、片足でジャンプしている(笑)。撮ってる最中はちゃんと飛んでたつもりだったんだけど、相当痛かったんやろうなって。その姿が我ながらちょっと痛々しい(笑)。ぜひ確認してほしいです。
イメージは「テクノをバックにソウルを歌う」
『センチメンタルフィーバー』はデジタルな打ち込み音を大胆にフィーチャーしていて、これまでのウルフルズとは違うと感じる人もいるかもしれません。僕としては、「テクノを全く知らないソウルシンガーのおっちゃんが、テクノバンドをバックに思いっきりソウルを歌っている」というイメージ(笑)。はじめはもっとさらっと歌ったんだけど、もっと暑苦しいほうがオケとのコントラストが生まれて面白いなと思い、歌いなおしました。
アルバム『ウ!!!』は、昨年2月に(リーダーでギター担当の)ウルフルケイスケがソロに専念すると発表してから初のアルバムです。ギターバンドという形にとらわれないサウンドに挑戦したり、逆に遊ぶ幅も広がったのかもしれません。
特に変化を意識したわけじゃなくても、僕に限らず3人になったことで今までやらなかったことまでやることになった。だから、自然と互いに補い合おうとするんですよ。アレンジにすごく積極的に参加したり、コーラスをしゃかりきに練習したりしている2人を見るのは心強かったし、むこうも「ここ、ギターも弾くんだ」って意外に思っていたかもしれません。結果として活性化につながった気がしますね。
長い間やり続けていると、今の若い子たちのやる音楽が気になったり、グラミー賞を見れば「今はこんなのが流行(はや)ってるのか」と刺激を受けることもあります。でも、それらを僕らがやる意味があるのかなって。むやみに今の流行を取り入れて自分たちに似合っていなかったら、それこそかっこ悪いですからね。そりゃ少しくらい、気持ちがそっちに流されないことはないけど(笑)、だからこそ自分らが得意なこと、面白いことを「やりきる」。アルバムを15枚も作ってきたから、ファンが求めるものと全く違う、とんでもないものを作らない自信はあります。あとは自分たちがやりたいこと、楽しめることを追求すれば、おのずとほかにない「濃い」作品になっていくんじゃないかなと思うんですよ。
1966年12月28日生まれ、兵庫県出身。1988年にウルフルズを結成。1992年にデビュー。『ガッツだぜ!!』が大ヒットしブレイク。2003年よりソロでも音楽活動をスタート。今夏は、ウルフルズとして「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019」をはじめとするフェスに複数参戦予定。レコード収集やプラモデル制作など趣味も多彩。「プラモデルにやすりをかけながら、好きなレコードを流す何気ない時間が自然とインプットになり、ふとした瞬間に曲や歌詞になってわいてくる」のだという。
(文 橘川有子、写真 藤本和史)
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