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夜の新宿・歌舞伎町(画・安住孝史氏)

夜の新宿・歌舞伎町(画・安住孝史氏)

夜のタクシー運転手はさまざまな大人たちに出会います。鉛筆画家の安住孝史(やすずみ・たかし)さん(81)も、そんな運転手のひとりでした。バックミラー越しのちょっとした仕草(しぐさ)や言葉をめぐる体験を、独自の画法で描いた風景とともに書き起こしてもらいます。

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僕がタクシー運転手になりたての頃です。以前に「不思議なほど優しい」と書いた、あの彫りものをした先輩に言われました。「タクシーに乗務したら3日で女性不信になる。一人で助手席に乗ってくる女性客は要注意」。世の中のトラブルや事件はお金がらみと男女関係です。タクシーの小さな箱の中も世の中の鏡ですから、運転手が会社を辞める原因もほとんどがお金と男女問題です。

僕自身、新宿から中野までお乗せしたお客さまに口説かれたことがありますし、浅草から新大久保までのお客さまに「お小遣いをあげるから」と誘われたこともありました。ただ今回は、そうしたものとはちょっと違った思い出を書こうと思います。タクシーが運んだ男女の小さな物語です。

アベックが行き先で言い争い

そのアベックは神田須田町の交差点近くで乗車してきました。男性は30歳過ぎ、女性は20代にみえました。普通のサラリーマンとオフィスレディーといった身なりです。よく覚えているのは、2人のお客さまがそれぞれ違う行き先を口にする特異な例だったからです。

その二人連れは「池袋まで」と言って乗車してきました。女性が先に、男性は後から乗りました。走り出して間もなく「千駄ケ谷」と男性客が指示します。行き先変更です。すかさず女性のお客様が「池袋です」と言い直します。アベックがふざけあっているのか、本気なのか、見極める必要がありますが、ともかく僕は女性の言葉を優先します。男性が「千駄ケ谷」と念を押すと、女性は「池袋」と言い返し、何回か言い争いがありました。僕は途中まで池袋にも千駄ケ谷にも遠回りにならないようなコースを選んで走りました。

水道橋の交差点を過ぎた時、千駄ケ谷へ行くと思ったのか、女性が「池袋にお願い」と必死な感じです。僕は黙っていましたが、飯田橋の交差点に来た時、池袋方面に向かうため右折しました。すかさず男性客が「違う」と声を荒らげます。僕が無言で運転を続けると、男性は静かになり、奇妙な緊張感が走りました。

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