子どもの発達に4つのステージ 先回りとせかしは禁物
モンテッソーリ教育に興味はあるけれど「しっかり教材が用意された環境でなければ学べないのではないか」「体系的に一から勉強するのは二の足を踏んでしまう」という声をよく聞きます。「モンテッソーリ教育の本質への理解さえあれば、大丈夫。子育てはもっと楽しくなりますよ」と、モンテッソーリ教育の第一人者であり、高根学園理事長の高根澄子先生は語ります。実娘でマリア・モンテッソーリ・エレメンタリースクール教諭、久保田穂波先生と一緒に、モンテッソーリ教育の観点から、親の子育てについてのお話を伺いました。
モンテッソーリ教育は、イタリア人初の女性医師マリア・モンテッソーリによって生み出された科学的な教育方法。女史は世界各地で文化背景の異なる多くの子ども達を観察する中で、人間の発達には、一定の「建設的なリズム」があることを発見した。人間が一人の成人として自立するまでの過程を、乳幼児期(0-6歳)、児童期(6-12)歳、思春期(12-18歳)、青年期(18-24歳)の四段階に分け、各年齢期の身体的・心理的発達に合わせた教育法の重要性を説いている。(マリア・モンテッソーリ・エレメンタリースクールのホームページより抜粋加工)
子どもの発達には緩急のリズムがある
―――澄子先生は「子どもたちには生命のリズムがある」とお話しされています。そのリズムについて順番に伺っていきたいのですが。
久保田:子どもの成長は年齢によって、また一人ひとり違うとはいえ、世界中の子どもたちが同じサイクルにのっとって成長しています。まずはその、すべての年齢に共通する、「発達の四段階」の話をするのがいいかもしれませんね。
高根:この表をごらんください。これは、マリア・モンテッソーリが長年の研究を重ねた集大成として、亡くなる2年前に作成した表です。
高根:0~24歳までの発達の特徴が4つの段階に分けられています。
第2段階は6~12歳(児童期)。知的敏感期に入り、宇宙のように広い現実、世界を吸収したい時期。
第3段階は12~18歳(思春期)。心も体も、大人へ向かって激しく変化していく時期。
第4段階は18~24歳(成熟期)。安定期。自分の職業や専門分野に目覚める時期。
―――第1段階と第3段階は赤色になっていますが、第2段階と第4段階は青色になっています。何か意味があるのですか。
高根:もちろん! この色や線にも意味があります。赤く太い線は変容期といって、体も心も大きく変わる時期です。それとは対照的に、青い線は比較的平穏な安定期を示しています。表を眺めて、子どもの発達には緩急のリズムがあるということを感じてください。
まず、私が皆さんにお伝えしたいのは、モンテッソーリ教育は「科学的教育である」ということです。マリア・モンテッソーリは医者として、心理学者としての観察眼で冷静に現象を観察した結果、子どもには生まれながらにして「人間となるべく」様々な生命の仕組み神秘の力が備わっていることを発見しました。子どもというものは本来生まれ落ちたその環境の中で、自分の内面に備えもつ生命のプログラムに沿って成長していくことができるのです。モンテッソーリ教育は、その子どもの生命の力を援助していく方法です。では生命は何かに向かって進んでいるのでしょう。
子どもたちがその生命の法則に従って成長していることを理解すれば、「どうしてこの子はいつまでも泣いているんだろう」「どうしてこんなことをするんだろう」とママたちを悩ませている子どもの行動の道理が手に取るように分かるはずです。
子どもは誕生と同時に自分で自分の体と心をつくる
―――生まれながらに、ということは誕生から始まっている、と?
高根:子どもは誕生と同時に、自分で自分の体と心をつくりはじめています。実は受胎から既に始まっているんですが、その話はいずれまた。今日はこの表に沿って、第一段階から見ていきましょうか。0~6歳の最初の6年間はさらに0~3歳と、3~6歳の二つの時期に分かれます。マリア・モンテッソーリは、この0~3歳の時期を「精神的胚子」と言いました。特に0歳から3歳までは無意識のうちに自分の精神体と体をつくっていくのです。生後3歳までの間に人間の子どもは体はもとより「精神」をもつくり始める。これが他の動物の子どもとは大きく異なる点です。
生まれて間もない馬の子どもがすぐに立ち上がることができるように、動物の赤ちゃんは生まれるとすぐに、親と同じ行動がとれますよね。それに比べて、人間の赤ちゃんはとてもか弱くて無力に見えます。ところが、その内には驚くべきパワーを秘めているのです。
マリア・モンテッソーリはこれを「吸収精神」と呼びました。
―――乾いたスポンジを水の中にポンと入れると瞬く間にスポンジが大きく膨らむ。あの感じですね?
高根:そうです。子どもの吸収精神は、乾いたスポンジが水を吸収するように、すべてを「無意識」に自分の中に取り込んでしまいます。そして、生まれ落ちたその時代、その場所、その文明の人として自ら「適応」を始めるのです。子どもたちは3歳までに言語と二足歩行、そして手を使うという人間の特徴を自分で獲得していきます。たった3年間のこの時期が、これからの長い人生の人格の基礎をつくり上げてしまうのです。
よかれと思った手助けが発達を遅らせる可能性もある
―――「三つ子の魂百まで」という言葉もあります。
高根:モンテッソーリは0~3歳までのこの時期が人格の基礎をつくる、とてもたいせつな年代だと言っています。幼い頃に形成された性格は年を取っても変わらない。ところが、この時期の記憶が残っている人など、ほとんどいません。それでも私たちの潜在意識の中に残り、生涯にわたって影響を及ぼしていくとモンテッソーリは繰り返し説いているんです。
3歳になって、いよいよ自分を取り囲む環境の中で興味を持ったことを見つけると「繰り返し、繰り返し」活動し、楽しみ始めます。この「繰り返し」が本当に大切なんですね。
「子どもは手を使いたがっている」。これは生命の衝動であり、子どもに内在する無限の可能性を大きく花開かせる原動力です。この時期にあらわれる「見たい、触りたい、味わいたい、聞きたい、嗅ぎたい」という生命衝動は「恋するエネルギー」に匹敵するほど強いものです。それなのに私たち大人は知らず知らずのうちに、子どものお邪魔をしてしまうことがあります。モンテッソーリは著書の中で「おたまじゃくしとカエルのお母さん」の例を挙げていますが、既にご存じの方も多いかもしれませんね。
―――おたまじゃくしは水中でまず足が出て、次に手が出て、そして尾が取れて始めて陸に上がる準備が整うのに、待ち切れないカエルのお母さんが「早く、早く」と急かしてしまう。肺呼吸の準備ができてこそ陸に上がっていけるのにという、あのお話ですね。
高根:急かされたおたまじゃくしはどうなりますか?
―――十分に成長できず、場合によっては死んでしまうことも……。
高根:そうです。環境に適応する前に、残念ながら新しい空気の環境に適応出来ずに死んでしまうこともありますね。私たちは愛情からよかれと思って、このカエルのお母さんと同じ過ちをしてしまいがちです。例えば、自分の足でしっかり歩けるのにバギーに乗せて長い時間移動したり、電車で子どもがぐずり出すと、すぐにスマホを見せてご機嫌を取ってしまったり、テレビに子守をさせたり……。
ついつい親の都合を優先して、肝心な子どもの生命を潰してしまう。その過ちに私たちは、なかなか気付けないものなのです。子どもは、その小さな体と小さな手を使って、全感覚で自分自身をつくり上げるという目的を持って活動しています。そうした子どもの発達のリズムを知らずに、大人が先回りをして余計な手助けをしてしまうと、それがかえって子どもの発達を大きく遅らせる可能性があることをまず、知る必要がありますね。
高根澄子先生
学校法人高根学園理事長。昭和9年生まれ。昭和女子大卒業。第1子出産を機に子どもの成長に関する探究心が高まり、杉並区西荻窪に小さな託児所を開園。昭和44年たかね保育園(東京町田市)、昭和51年たかね第二保育園(同)を設立。幼児教育への向学心が高まり、42歳で上智モンテッソーリスクール卒業。昭和50年東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター卒業。卒業後、平成2年よりイタリア・ペルージャにて国際モンテッソーリ教師養成トレーニングコース卒、平成13年0~3歳の教師養成コースを受け、各種教師ディプロマ取得。現在に至る。日本を代表するモンテッソーリ教育の実践者。現在、日本初のモンテッソーリ認可小学校の設立のため奮闘中。横浜・モンテッソーリ幼稚園HPでは子育てに悩めるママ&パパのためのブログ『子どもの可能性は無限大!』を定期更新中。
http://kindergarten.montessori.ed.jp/
マリア・モンテッソーリ・エレメンタリースクール教諭。昭和36年生まれ。湘南白百合学園卒業後、玉川大学教育初等教育科を卒業。学校法人桐蔭学園を経て、学校法人高根学園に就職。現在に至る。モンテッソーリ3~6歳児の教師ディプロマをイタリア・ペルージャにて、マリア・モンテッソーリのまな弟子のアントニエッタ・パウリーニ女史のもとで取得。モンテッソーリ0~3歳児教師ディプロマ取得後、マリア・モンテッソーリ女子の最後の弟子である女医モンタナ―ロ教授のもとで4年間助手を務める。平成20年より現職。小学生(高学年4~6年)を担当。
(取材・文 砂塚美穂、撮影 花井智子)
[日経DUAL2019年3月13日付の掲載記事を基に再構成]
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