子どもは誕生と同時に自分で自分の体と心をつくる
―――生まれながらに、ということは誕生から始まっている、と?
高根:子どもは誕生と同時に、自分で自分の体と心をつくりはじめています。実は受胎から既に始まっているんですが、その話はいずれまた。今日はこの表に沿って、第一段階から見ていきましょうか。0~6歳の最初の6年間はさらに0~3歳と、3~6歳の二つの時期に分かれます。マリア・モンテッソーリは、この0~3歳の時期を「精神的胚子」と言いました。特に0歳から3歳までは無意識のうちに自分の精神体と体をつくっていくのです。生後3歳までの間に人間の子どもは体はもとより「精神」をもつくり始める。これが他の動物の子どもとは大きく異なる点です。
生まれて間もない馬の子どもがすぐに立ち上がることができるように、動物の赤ちゃんは生まれるとすぐに、親と同じ行動がとれますよね。それに比べて、人間の赤ちゃんはとてもか弱くて無力に見えます。ところが、その内には驚くべきパワーを秘めているのです。
マリア・モンテッソーリはこれを「吸収精神」と呼びました。
―――乾いたスポンジを水の中にポンと入れると瞬く間にスポンジが大きく膨らむ。あの感じですね?
高根:そうです。子どもの吸収精神は、乾いたスポンジが水を吸収するように、すべてを「無意識」に自分の中に取り込んでしまいます。そして、生まれ落ちたその時代、その場所、その文明の人として自ら「適応」を始めるのです。子どもたちは3歳までに言語と二足歩行、そして手を使うという人間の特徴を自分で獲得していきます。たった3年間のこの時期が、これからの長い人生の人格の基礎をつくり上げてしまうのです。

よかれと思った手助けが発達を遅らせる可能性もある
―――「三つ子の魂百まで」という言葉もあります。
高根:モンテッソーリは0~3歳までのこの時期が人格の基礎をつくる、とてもたいせつな年代だと言っています。幼い頃に形成された性格は年を取っても変わらない。ところが、この時期の記憶が残っている人など、ほとんどいません。それでも私たちの潜在意識の中に残り、生涯にわたって影響を及ぼしていくとモンテッソーリは繰り返し説いているんです。
3歳になって、いよいよ自分を取り囲む環境の中で興味を持ったことを見つけると「繰り返し、繰り返し」活動し、楽しみ始めます。この「繰り返し」が本当に大切なんですね。
「子どもは手を使いたがっている」。これは生命の衝動であり、子どもに内在する無限の可能性を大きく花開かせる原動力です。この時期にあらわれる「見たい、触りたい、味わいたい、聞きたい、嗅ぎたい」という生命衝動は「恋するエネルギー」に匹敵するほど強いものです。それなのに私たち大人は知らず知らずのうちに、子どものお邪魔をしてしまうことがあります。モンテッソーリは著書の中で「おたまじゃくしとカエルのお母さん」の例を挙げていますが、既にご存じの方も多いかもしれませんね。
―――おたまじゃくしは水中でまず足が出て、次に手が出て、そして尾が取れて始めて陸に上がる準備が整うのに、待ち切れないカエルのお母さんが「早く、早く」と急かしてしまう。肺呼吸の準備ができてこそ陸に上がっていけるのにという、あのお話ですね。
高根:急かされたおたまじゃくしはどうなりますか?
―――十分に成長できず、場合によっては死んでしまうことも……。
高根:そうです。環境に適応する前に、残念ながら新しい空気の環境に適応出来ずに死んでしまうこともありますね。私たちは愛情からよかれと思って、このカエルのお母さんと同じ過ちをしてしまいがちです。例えば、自分の足でしっかり歩けるのにバギーに乗せて長い時間移動したり、電車で子どもがぐずり出すと、すぐにスマホを見せてご機嫌を取ってしまったり、テレビに子守をさせたり……。
ついつい親の都合を優先して、肝心な子どもの生命を潰してしまう。その過ちに私たちは、なかなか気付けないものなのです。子どもは、その小さな体と小さな手を使って、全感覚で自分自身をつくり上げるという目的を持って活動しています。そうした子どもの発達のリズムを知らずに、大人が先回りをして余計な手助けをしてしまうと、それがかえって子どもの発達を大きく遅らせる可能性があることをまず、知る必要がありますね。
高根澄子先生

http://kindergarten.montessori.ed.jp/

(取材・文 砂塚美穂、撮影 花井智子)
[日経DUAL2019年3月13日付の掲載記事を基に再構成]