五輪選手村の食堂どうなる? 過去大会からヒント探る

2016年のリオデジャネイロまで直近4大会に連続出場し、銀メダルも獲得した元競泳日本代表の松田丈志さん(34)は「五輪の食環境は大会を追うごとに良くなっている」と語る。

元競泳日本代表の松田丈志さん

アテネでは痩せてしまった選手も

20歳で経験した04年アテネの選手村食堂にはアジアやギリシャ料理、洋食などがバイキング形式で並んだ。ただ和食も含めて味が合わず「あまり食べるものがなかった。サラダは新鮮でなく、米もパサパサに感じた」。決勝当日にもかかわらず、ファストフードのハンバーガーを食べて臨む代表の同僚もいた。

松田さんによれば、五輪前は半年~1年かけて体をつくり、ほぼベスト体重で選手村に入る。最も気を配るのが体重の維持だ。試合が続くと緊張から消化機能が落ちたり、多くのエネルギーを消耗したりするので体重が落ちすぎないよう食事で補う。ここが狂えば競技のパフォーマンスにも影響しかねない。

アテネでは滞在中、意図に反して痩せてしまう選手が多かったという。08年北京は米の味が日本人好みで「救われた」と松田さん。北京ダックなども振る舞われて好評だった。ご当地の料理は味が良く総じて人気で、12年ロンドンではローストビーフが出され、リオではブラジルが輸出生産大国のコーヒーに選手の列ができていた。

近年の大会では、選手村でピーク時の30分間に提供する食事は1万食に上る。24時間営業で5千席規模を持つメイン食堂では、各国の料理を並べたバイキング形式が定着している。食堂内は概して広く、選手間でどこにおいしい料理が置いてあるか教え合うなど「たわいない話を含め、リラックスして仲間とコミュニケーションを図る場になっていた」(松田さん)。

日本スポーツ振興センター(JSC)は米国などにならい、ロンドンからは選手村とは別に日本食を提供するサポート拠点を設けている。さらにリオでは、日本オリンピック委員会(JOC)が味の素の協力を得て選手村から徒歩3分の場所に別の拠点も置いた。日本の調味料などを用いた鍋物やおにぎりなどが出た。

従来は選手が個々にパック入りのご飯を持ち込むなどしていた。和食をしっかり取れる拠点の存在は大きく、「体重のコントロールがしやすくなった」。松田さんの場合、アテネや北京のころはほぼ全ての食事を選手村で済ませたが、リオでは6割にとどめて残りは拠点を活用するなどした。

選手並ばせず、味や種類を豊富に

五輪を4度経験した身として、20年大会の選手村にはどんな食事を期待するのだろうか。

一つは運営面で「なるべく並ばない」工夫だ。試合、練習のスケジュールは選手ごとに細かく決められており、食事で並ぶこと自体がストレスになる。食事全体の質が低ければ、味の良い料理に選手が集中して行列ができがちだ。

「おいしい」の感覚は食文化によって異なる。「例えば肉料理では日本人は軟らかく脂身のあるものを好みがちだが、海外では硬くて赤身の肉が好まれる。日本の食のレベルは高いが、ひとりよがりにならずに味や種類で多様性を意識してほしい」と指摘する。

松田丈志
1984年生まれ。宮崎県延岡市出身。4歳から地元の東海スイミングクラブで水泳を始める。2008年北京、12年ロンドン五輪の200メートルバタフライで連続銅メダル。ロンドンでは400メートルメドレーリレーで北島康介さんらとともに銀メダルを獲得した。16年リオデジャネイロ大会でもリレー種目で銅メダルを取り、同年引退した。

(村田篤史)