糸井重里 友人・みうらじゅんから届いた涙の恩返し編集委員 小林明

なぜ仲間の前であえて破門? 絵から文章への逃避に忠告

2018年9月、ほぼ日のイベント「生活のたのしみ展」でみうらさん(右)とトークショー(大阪・阪急うめだ本店)

――なぜ「もう俺と会わなくていい」と破門を通告したのですか。

「みうらがいい感じで売れ始めると、あまり絵を描かず、文章の仕事を増やすようになったんです。『それまでペンで紙を削るような実感のある仕事をしていたのに、おまえは何をやっているんだ』と叱りたかった。それで仲間と新宿のサウナに行った時、本人にはっきりと伝えました。文字を書く仕事というのは実感から離れやすいし、編集者としても、絵より文字の仕事の方が頼みやすい。だから、雑誌にちょこっと文章を書き、挿絵程度の絵を描くだけの、単に編集者にゴマをするだけの男になるんじゃないかと心配したんです。あの夜、みうらは自宅で泣いたそうですね」

――なぜ1対1でなく、皆の前で言ったのですか。

「それは僕も含めてみんなに共通した問題だったからです。あの場にいたのは石井君のほか編集者など同じ問題を抱えた人間ばかり。人はどうしても楽な道に逃げてしまいがち。でも『それをやれるほどの場所におまえはまだ立っていないだろう』と忠告したかった。みうらは絵が下手なので『もっと絵を描け。人がたくさん出てくる運動会みたいな絵を描け』と言った覚えもあります」

「すると突然、みうらが『アイデン&ティティ』(92年)という自伝的漫画の連載を始めたんです。それを読んだ時は本当にうれしかった。もう涙が出そうなくらい……。『あ、みうらからの返事が届いた』と感じました。それまでのみうらは自分の私小説を書いていなかった。恥をかいて自分の表現をぶつけることをしてこなかったんです。長い連載だったし、かなりのエネルギーが必要だったはずですが、自分に何かを課したんでしょうね。あれですべてが変わった」

「かまぼこ板で名前を出せ」、俗で終わらない努力とは……

数式や記号などを書きながら「見ぐるしいほど愛されたい」の意味について説明する糸井さん

――作品で恩返しするというのは素晴らしいですね。

「みうらには、早い段階から『かまぼこ板でもいいから、自分の名前を出して仕事をしろ』と言ってきました。みうらのようなタイプは社員で雇っても役には立ちません。自分の名前で仕事をする種類の人間ですから、結局、フリーでやっていくしかない。みうらに感じるのは、自分でコストをかけながらサボらずに努力を続けているということ。ゴムヘビや海女人形、テングなどを集めてきたのもそうだし、全国の『とんまつり』(とんまな祭)にしても、ネットで調べただけの知ったかぶりではなく、実際に現場にいちいち足を運んでつかんできた裏付けがあるから、知識の内容が明らかに違う。『俗』でありながら、『非俗』なものを保証するのは努力しかありません。手仕事とか、力仕事とか……」

――糸井さんの顔が浮かぶと涙が出ると言ってました。

「すぐそういう話の盛り方をするんだよね、あいつは……(笑)。でも僕もみうらも相性はともに良い方だと思います。やっぱり似たところで失敗しているしね。お互いバツイチだし……。みうらには、自分を引き継げとか、マネをしろとか言った覚えはないけれど、僕が若い頃にこう考えれば良かったとか、迂回して失敗してしまったことなども含めて、色々と助言してきたつもりです。今となっては、みうらは『見ぐるしいほど愛されたい』という言葉だけでは自身の存在を語れなくなっているんじゃないでしょうか。『見ぐるしいから何だ?』『愛されたいから何だ?』――。どちらにも、さらに『何だ?』が問われている気がします」

(聞き手は日本経済新聞 編集委員 小林明)