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未完のレース

平昌五輪パシュート「金」の原点 ある女性選手の転倒 スピードスケート、大津広美(1)

2019/6/5

穏やかな表情で取材を受ける大津広美(5月、仙台市)

2018年平昌五輪でスピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)が金メダルを獲得したことはまだ記憶に新しい。だが頂点に立つまで五輪4大会を要した歴史は知られていない。初めて正式種目になった06年トリノ五輪で、メンバーの1人、大津広美(35)は3位決定戦で転倒し、メダルを逃した。次のバンクーバー五輪には出られずに引退。意外な職業を経て、現在は障害者にスポーツを教えている。アスリートの引退後をたどる「未完のレース」、スポーツライターの増島みどりが4回に分けて連載する。

◇   ◇   ◇

午後の早い時間、まだ人の少ないアリーナには学生たちの歓声と、バスケットボールが弾むリズミカルな音が響き渡っていた。窓に5月の新緑が映えるラウンジに、大津広美がコーヒーをトレーに載せ、ゆっくりと運んで来る。

「大丈夫ですよ、このくらい。どうぞお掛けになって下さい」

穏やかな表情で言うと、7月に誕生する予定の第1子にも話しかけるようにそっとお腹に手を置いた。

仙台駅から車で15分ほどの宮城野区にある「元気フィールド仙台」(新田東)には、バスケットボールコート2面が取れるメインアリーナ、体操やダンス用のフロア、25メートル温水プール、トレーニング室、屋外には市民球場やボルダリング、スケートボードパークまで、老若男女があらゆるスポーツを楽しめるよう施設が完備されている。

橋本聖子、岡崎朋美らを輩出した女子スピードスケートの名門、富士急から2006年トリノ五輪に出場したトップスケーターの現在の仕事場は、施設のひとつ「障害者アリーナ」にある。13年、仙台出身の男性と結婚し、16年から仙台市障害者スポーツ協会に勤務する。誰もが日常的にスポーツに触れ、続けられるよう競技を提案し、指導や教室の開催をまとめるスポーツ推進員を務めている。

■スポーツをする人を支える側に

7月に出産を予定する

しかしオリンピアンとしてのキャリアが就職のきっかけではない。新聞で目にした求人広告に応募し、何のコネもなく面接に行った。「普通の方々と同じように書いたつもりだったんですけれど……」と、万事控えめで柔らかな空気をまとう女性は、就活時期をそう振り返る。履歴書に「トリノ五輪出場」と短く書かれた経歴を見つけた担当者は、どれほど驚いただろう。

4月の車椅子バスケットボール日本選手権で11連覇の偉業を果たした「宮城MAX」の存在もあり、仙台ではパラスポーツへの理解も深い。車椅子バスケット、テニスなどに加え、シッティングバレーボールやボッチャとアリーナでも20もの競技を常に体験できる。

「スポーツする方々を支える側、裏方に回りたかった私が求めていた環境でした。でも、実際に仕事を始め、自分がそれほどお役に立てているのかは分からないのですが……」

取材中、恥ずかしそうにそう言って首をすくめる。

「ここではパラリンピックトップ選手だけではなく地域に根差し継続できる活動を目指しています。御家族や友人が一緒にアリーナに来て、共にスポーツを楽しんでいただけるように支援をしているんです」

一家でここを訪問してきた小学生の男の子は、始めは体を動かすのも難しく積極的ではなかった。しかし家族で欠かさずアリーナに来るたびに水泳やスキーを少しずつ覚え、今では一家でスポーツを楽しむ自然な姿を見られるようになった。

そうした成長過程を遠くから見守る充実感は、オリンピック出場を狙う向上心や、記録更新を果たして味わえた特別な高揚感とは違い、とても静かなものだ。しかし何よりも静けさを求めて、バンクーバー五輪が行われた10年、大津はリンクを去った。

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