野球と東京に破れた青春 学生は自分なりの東京像描け政治学者 姜尚中氏

2019/6/11

私が青春を過ごしたのは人口増大の時代です。人口が増えるに伴い、生産力も上がる。生産力が上がるから、豊かになれるということが信じられた時代です。裏を返せば、圧倒的な戦争の影響力下でつくられた社会でもあったわけです。そのような時代につくられた安定モデル、あるいは成功物語というのはもはや通用しないでしょう。雇用モデルも多様化、日本はすでに人口減少社会に突入し、人生100年時代ともいわれています。つまり、かつてとは人生の尺度そのものが変わってしまいました。

これまでの就活は事実上の「就社」を目指すものでした。今は本来の意味での就職。20歳であっても、自分だけにしかない、1つのミッションのようなものを考えていかなければならない時代にも入っています。若い人たちは割を食ったと思うかもしれませんが、かつての安定モデルはいろんな好条件が重なった上での偶然の産物であり、むしろ、異常だったと考えた方がいい。それを一度、ブラックボックスの中に入れてしまって、自分なりの「モデル」をつくり上げていく方がいいんじゃないかな。

これは難しいといえば難しいことです。若いうちから、自分なりの価値尺度を持って生きなくてはならなくなったわけですから。では、そのような価値尺度は何によってつくられるかと言えば、私は人文知だと思います。ネット上にない情報を探すのが困難な時代には、自分という秘境を探検した方がいい。

異なる作者の作品を集めたアンソロジーを読むのもいいと思います。文学ならば、寝転がっても読める。夏目漱石の「三四郎」や「それから」を読めば、当時の東京の様子がわかります。私が「三四郎」を読んだのは東京に最初のオリンピックが来るか来ないかという時でした。東京は建てては壊し、壊しては建てているなどと書いてあり、その通りだと実感しながら読んだものです。そういう感覚は、今の人にもある程度、通じるかもしれない。

学生を見ていると地域差も感じます。昔は東京が嫌で、地方で暮らすことを「都落ち」あるいは「ドロップアウト」と言いました。それが心地いいか否か、今は相対的な価値尺度ではなく、自分自身の価値尺度で決めていく時代です。

東京で生まれた漱石は、熊本で暮らしていたこともあります。地方の青年とまじりあうことによって彼らから見た東京という外部の視点を持ち、それを「三四郎」で書いた。ですから、今の若い人たちにもぜひ、文学を通じて「東京論」を考えてほしいですね。東京を知ることで日本を知り、自分自身のアイデンティティーをつかむこともできるはずですから。

姜尚中(かん・さんじゅん)
1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長兼理事長。鎮西学院学院長。近著に「母の教え 10年後の『悩む力』」(集英社)がある。

(ライター 曲沼美恵)

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