ミュージカルのブームは本当だろうか?(井上芳雄)第45回

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井上芳雄です。6~8月は帝国劇場で上演されるミュージカル『エリザベート』で3年ぶりに黄泉の帝王トートの役を演じます。ブームといわれるミュージカルですが、僕自身が分かるのは自分がやっていることだけ。本当に追い風が吹いているのか、実際はよく分かっていません。他の舞台もあえて見ないでいたのですが、最近は考え方が少し変わってきました。ミュージカルについての雑感を、今回は書いてみます。

『エリザベート』は6月7日~8月26日まで東京・帝国劇場にて上演。Photo by Leslie Kee

僕はミュージカルを見るのが趣味なので、以前は暇さえあれば見ていました。けれど、5、6年前くらい、俳優としての立場がある程度できてからでしょうか。ある時期から他の舞台をあまり見なくなりました。よくも悪くも、心が騒いでしまうからです。人の芝居がよかったら落ち込むし、悪かったら腹が立ったりします。それよりも、自分がやっているお芝居に集中しよう、まずは目の前の作品を成立させよう、という思いで、長い間やってきました。

振り返ると、若いころは何を見ても否定的だった気がします。何でこんな展開になるんだとか、何であんな芝居をするんだとか。ミュージカルを愛するがゆえに、こうじゃなきゃいけない、という思い込みが強くて、許容範囲が狭かった。それゆえ他の人の舞台を見ることで、動揺したり、影響を受けたりすることを避けていたように思います。

でも、いくら理想があっても、実際に自分でやるとなると、どう頑張っても難しいこともあれば、単に経験や勉強が足りないためにできていなかったことも多々ありました。そうやって試行錯誤していくうちに価値観が確立されて、自然と受け入れられる範囲が広がってきたのが、ここ5、6年の間の自分の変化です。

それで最近ふと思ったのが、この連載を含めて、ミュージカルのことをふだん語っているのに、実は日本のミュージカルの現状をあまり知らないんじゃないかということ。例えば、ブームといわれるけど、どんなミュージカルでもチケットの売れ行きがいいわけではなく、一部の有名な作品に人気が集中しているだけとも聞きます。一方で、有名じゃない作品にもいいものはあるはず。オリジナルミュージカルを作っている人たちもたくさんいて、その中にすてきな作品が埋もれているかもしれない。

ミュージカルの俳優も、いろんなジャンルから入って来ているし、実力も相当のものです。アイドルの人もそうですし、もしかしたらこれからは演歌の人が来るかもしれない。2.5次元の舞台も盛り上がっているそうです。そういう状況のことは、見ないと語れないな、とシンプルに思いました。

僕の好みではないかもしれないけど、それを好きな人もいるし、自分の物差しで否定したり、おかしいと思ったりすることではない。そう考えられるようになりました。それだけ、以前よりは自分の考え方がクリアになっていたり、物事を柔軟に捉えられるようになったのでしょう。

お芝居と歌や踊りとのバランス

では今あらためて、いいミュージカルって何だと聞かれたら、まず作品がしっかりしているのは大前提。俳優がどう頑張っても、物語を変えられるわけではないので。そのうえで、歌ばかりやってきた自分への戒めというか、反省でもあるのですが、ミュージカルといえどもお芝居なので、それと歌や踊りとのバランスが一番大事。基本はお芝居がつながっていて、そこに効果的に歌や踊りが入ってくるのがミュージカルの醍醐味であり、自分もそうありたいと思っています。

そして僕が好きなのは、生きていくうえで何か役に立つ作品。題材はなんでもいいのですが、例えば見終わった後で、自分もそばにいる人を愛せるんじゃないかとか、人生をやり直せるんじゃないかとか、心の糧を得られるようなミュージカルがすてきですね。

もちろん、ひたすら華やかなものに癒やされる人もいるし、若くてきれいな俳優を見ると元気が出るという人もいるでしょう。暗い物語に湧き上がるものを感じる人がいるかもしれない。人それぞれの好みでかまわないと思います。あくまで、僕の好みの話です。

ミュージカル界全体について言えば、有名な作品だけにお客さまが集中するのは、健全な状況とは思っていません。有名な作品から入って、次は知らない作品だけど面白そうだから見てみようとなったり、さらにはストレートプレイに行ったりと、興味の対象が広がっていくといいな、と思っています。そうやって演劇界の市場全体が広がってほしい。だからこそ、僕自身もいろんな演劇に身を投じてお客さまの道先案内人になりたいですし、一度興味を持って劇場に来ていただいたお客さまがガッカリして帰らないように、自分を含めて演劇に関わる人たちは心をひきしめて臨まないといけないですね。

しばらく他の舞台を見ていなかったので、もっと積極的に出かけて、日本のミュージカルがどうなっているのか、あらためて自分の目で確かめてみるつもりです。心に残ったものがあれば、この連載でも紹介したいと思います。

井上芳雄
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第46回は6月15日(土)の予定です。

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