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ヒットの原点

お受験服の縫製工場がNY進出 挑むのは最新モード ファッションしらいし 白石正裕社長(下)

2019/6/4

――ブレークスルーのきっかけは?

「やはりトム・ブラウンとの出会いです。間借りしていた工場がたまたま、彼の会社と取引をしていた。トム・ブラウンが僕らに興味を持ってくれて、『東京に仕事を持ってきたい』と話すと、それならオーケーだ、という話になりました。それが2011年のことです」

ファッションしらいしの職人技はニューヨークのトップデザイナーからも高い評価を受けた

「これは後でわかったことですが、彼らはインハウスのソーイング(縫製チーム)を持ちたくてしかたがなかったようです。アメリカでは職人を抱えても、少し高い賃金を提示されると、すぐに動いてしまう。いい職人を抱えたければ、よほどの高いお金を出して囲い込むか、強力なコネクションを使うしかない。そんなふうに思っていたとき、僕らと出会った。彼らにとっても、僕らの存在は渡りに船だったわけです」

「交渉の結果、トム・ブラウンは、僕らのためにミシンや裁断台などを備えたアトリエを作ってくれました。僕らはそこで、縫い見本を作ることになったんです。外注工場はほかにありますから、主要なサンプルだけを作ればいい」

「そうこうしているうちに、トム・ブラウン率いるデザイナーチームが、そのアトリエにやって来るようになりました。日本ではデザイナーさんが縫製の現場に来ることはありませんでしたから驚きましたが、彼らは『君たちの技術が礎になって服が作られるんだから(縫製の現場に来るのは)当然だ』と言っていました。トム・ブラウン本人もすごくいい人で、毎日、コーヒーを買ってきてみんなに配っていましたよ」

「アトリエが入っているすぐ上の階にはパタンナーもいて、階段で行き来しながら、スムーズに仕事ができました。デザインとパターン、縫製が三位一体で仕事ができる、理想的な環境です。トム・ブラウンはよく、『縫製には仕事場の真ん中にいてもらいたいんだ』とも言っていましたね。最初は『本気で言っているのかな?』と半信半疑だったんです。しかし、彼はついにその言葉通り、仕事場の真ん中に縫製チームを置いた。今、トム・ブラウンのアトリエでは、片側にメンズのデザイナー、もう片方にレディースのデザイナーがいる、まさにその真ん中に僕らの縫製チームがいるんです」

――具体的にはどのような手順で仕事を進めているのですか?

「例えば、パリコレは3月と10月に開かれます。ニューヨークで縫い見本を作るなどの企画提案をしたチームがそのままパリへ移動して、パリでは別の作業をします。複雑な組み立てが必要な服の場合、バックステージで最終的に組み立て、モデルに着せ付け、ランウェイが終わるまで面倒を見て帰ってきます。僕らはコレクションを手伝うことで、彼がデザインした服の一部を量産の仕事として東京の杉並で受注する」

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