有森裕子 頑固な私と共に歩んでくれた恩師・小出監督マラソン指導者・小出義雄監督の逝去によせて

日経Gooday

1992年8月、バルセロナ五輪女子マラソンで銀メダルを獲得し、記者会見する有森裕子選手(右)と小出義雄さん=共同

特に覚えているのは、1992年のバルセロナ五輪で銀メダルを獲得した後のことです。同大会で金メダルを獲得したロサ・モタ選手のように力強く走れるようになりたいと思った私は、帰国後、初動負荷のウエイトトレーニング[注1]を始めました。

当時、小出監督は3カ月ほど現場から離れていたのですが、チームに帰ってきたら、私が勝手に自分のポリシーに反するトレーニングをやっているものですから、怒り出してしまい…。私は自分の考えを伝えて話し合おうとしましたが、どちらも主張を曲げず、平行線のまま言い合いになってしまいました。ムキになった私は思わず「監督、(ウエイトトレーニングについて)もっと勉強してください!」と火に油を注ぐようなことを言ってしまったのです。それから監督は、「あいつはな、俺に『もっと勉強してください』と言ったんだよ!」と周囲に話すようになったそうです(笑)。

こうしたエピソードに代表されるように、私は、自分の意見をはっきり言っては、小出監督の手を煩わせていた選手だったように思います。ピロにとって小出監督は高校時代の恩師でしたし、Qはリクルートが強豪チームに育った後(1995年)に入ってきて、小出監督が移籍した際は自分もチームを移るほど、監督を慕っていた選手です。それぞれ、監督とつながった背景が異なり、能力も、性格も、活躍した時代も違いますから、監督への思いもそれぞれ異なるのは自然なことです。

私にとっての小出監督は、「絶対的な師匠で、特別な存在」というよりは、「対等な関係で、同じ目標に向かって歩んでくれたコーチ」だったように思います。意見の相違でケンカすることは多かったですが、私の「五輪に出たい、メダルを取りたい」という強い思い、そして監督の「五輪選手を育てたい」という大きな目標があったからこそ、互いに割り切ることができ、メダル獲得につながったように思うのです。

データよりも指導者としての自分の目を信じる

小出監督は、なぜ女子マラソンで4人もの五輪・世界選手権メダリストを育てることができたのでしょうか[注2]。それは常にしっかりした目的意識を持ち、選手と向き合う方だったことが大きいように思います。

小出監督は、とにかく選手の練習をよく見て、脚の状態や表情まで細かく観察し、選手の言葉に耳を傾ける方でした。どんなデータがあったとしても、自分の目と耳で得たものを信じて指導されていたと思います。監督が予想したゴールタイムは、ほとんど的中していました。予想から大きく外れたのは、私のメダル獲得ぐらいではないでしょうか。

言葉巧みに選手の気持ちを高めたり、不安を和らげたりすることも監督は上手でした。練習のしすぎで五輪選考会前に足が痛くなり、焦った私に、監督はこう言ってくれました。

「物事には意味がある。どんなことが起きても“せっかく”と思いなさい。“せっかく”故障したんだから、神さまが休めと言ってくれているのだから、しっかり休もう」

こう言ってもらえて気持ちが救われ、前を向いて治療に専念できたことを今でもよく覚えています。マイナスな出来事も、考え方一つでプラスに転換できるのだと。

常に選手のことを考え、選手自身も忘れているようなタイムも覚えている、「かけっこ」が好きでたまらない小出監督。そんな方に共に歩んでいただいたこと、大きな目標を達成するために全力でサポートしてくださったことは感謝してもしきれません。本当に、小出監督と出会えたことは幸運でした。

[注1]ワールドウィングエンタープライズ代表・小山裕史氏が考案した独自のウエイトマシンを使ったトレーニング方法。筋肉を柔らかくし、関節の可動域を広げてケガを防止する効果や、瞬発力の向上などが期待できる。

[注2]もう1人のメダリストは、2003年世界陸上女子マラソン銅メダリストの千葉真子さん。

(まとめ:高島三幸=ライター)

有森裕子
元マラソンランナー。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。

[日経Gooday2019年5月23日付記事を再構成]

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