バーモントカレーに神州一味噌 パウダーに変身の理由
「神州一味噌」と「バーモントカレー」のブランド名を冠した新製品が2019年春に相次いで発売された。神州一味噌の「パパッと味噌パウダー」と、ハウス食品の「味付カレーパウダー バーモントカレー味<甘口>」だ。偶然にも両製品共に形状は固形ではなく「パウダー状」。調味料市場を開拓するため、今までとは違う形状で勝負する。
神州一味噌は、既存のブランドだけでは市場開拓は難しいとして、伝統的な味噌とは異なる全く新しい調味料としてのブランドイメージをつくり上げようとした。そこで製品名や容器の形状、販促まで従来と違う方法を採った。一方、ハウス食品の製品も既存のものとは一線を画すが、その特徴を認知させるために、同社が持つ強力な「バーモントカレー」ブランドを活用した。
神州一味噌の目的は微減状態の味噌需要の回復
神州一味噌の場合、まずは製品の特性をいかに認知させるかが課題だった。粉末の味噌を調味料に使うのは、ユーザーも初めての経験だからだ。パッケージの形状をどうすべきかなど、神州一味噌にとっても新たな挑戦だった。
19年3月1日に発売したフリーズドライ調味料、パパッと味噌パウダーの開発に着手したのは、16年夏だった。マーケティング本部商品企画部の堀和憲次長は新製品を企画した理由を、「業界全体で微減状態が続く味噌の販売量を回復するため」と語る。
人口減少やパン食の増加で、味噌の年間出荷数量は約50万トンだった00年以降なだらかに減少し、18年は約41万トンにまで縮小していた。女性の社会進出や、単身世帯、シニア層の増加に伴う夫婦2人世帯の増加で、即席味噌汁やカップ味噌汁は販売数量を伸ばしているが、縮小傾向に歯止めを打ち、回復、拡大するまでには至っていないという。
「販売量を増やすには、いろいろな料理に使ってもらうことがベスト。しかし、味噌は味噌汁としての利用がほとんど。ペースト状のため溶けにくいなど使い勝手が悪いため、用途が広がらない。それを払拭するためには使いやすいパウダー状にすればいいのではと考えた」(堀次長)。
実は神州一味噌は1968年に味噌をパウダー状にした業界初のフリーズドライ味噌を開発し、業務用を中心に現在も販売を続けている。主な用途はインスタントみそラーメンのスープ用だ。このようなフリーズドライ技術がありながら、今回の新商品の開発まで2年半もかかったのは、マーケティングなどに時間をかけたためだった。
特に容器は、最終案のボトルにたどり着くまで時間がかかった。まずはボトルがいいのか、チャック付き袋がいいのか、といった点から議論を始めた。モニター調査からボトルの反応がいいと分かると、さまざまなタイプのボトルを試作。会場調査やサンプル調査、モニター宅での使用調査などを繰り返し、最適なサイズや口径、容量などを探った。
「パウダー状の味噌が出たと知れば、『面白い』と買ってくれる消費者はいるかもしれない。だが、使用を日常生活の中で習慣化してもらうには、使い勝手がよくないといけない。そこで、女性が片手で持てるサイズで、胴の部分に持ちやすいくぼみを付けた形状のボトルに行き着いた」(堀次長)。
キャップ部分も、そのまま振りかけて使うときに利用する小さな穴がいくつか開いた「振り出し口」と、計量スプーンを使うときに便利な「すり切り口」の2つを併用し、使いやすい構造にした。味噌も、だし汁入りがいいのか、味噌だけがいいのか調査し、議論した。結果、味付けなど調理に時間をかけないためには、だし汁が入っているほうが使い勝手がいいと判断した。
実演販売で1日60個売れたスーパーも
発売当初の数ロットにはレシピ集を付けた。今後もレシピ集は作り続ける予定で、ホームページでも発信していく。募集したモニターがSNSでオリジナルレシピや感想なども発信している。
「フリーズドライ味噌は一般の方には知られていないため、何に使っていいのかイメージが湧かない方が多い。だが、味噌は日本人にはなじみが深い味なので、ご飯にかけただけでも『ふりかけ』になるほど、どんな料理にも合う万能調味料。レシピ集はそれをヒントに用途を広げてもらうためのツールだ」(堀次長)。
パパッと味噌パウダーのホームページには、味噌汁・スープ、おかず、副菜・おつまみ、ご飯・パン・麺、おやつの5カテゴリーで、現在計65のレシピが掲載されている。スーパーマーケットなどでは、パパッと味噌パウダーを使ったレシピを示して実演販売することもある。1つ500~800グラムの通常の味噌は、スーパーマーケット1店舗で月に10個程度売れるのが普通という。だがパパッと味噌パウダーを実演販売すると、1店舗で1日に60個販売することもあるという。
堀次長は、パパッと味噌パウダーの販売目標を「今年は2億円程度」と言う。現在、スーパーマーケットでは味噌の棚に並べられていることが多いが、調味料の棚にも並べられるようになれば、販売額は上方修正も可能かもしれない。
「スーパーマーケットなどとの商談で、いきなり調味料棚に置いてください、とはお願いしていない。味噌と調味料の両方の棚で陳列してもらえればうれしいが、まずは味噌棚でしっかり自己紹介していきたい」と堀次長は語る。
ハウス食品の狙いは社会課題をいかに解決するか
神州一味噌のパパッと味噌パウダーが、味噌需要回復のために開発されたのに対し、ハウス食品の味付カレーパウダー バーモントカレー味<甘口>の開発動機は異なる。子育て共働き世帯の悩みに狙いを絞り、調味料の新しい市場を開拓しようとしたからだ。人気ブランドであるバーモントカレーの名称を付けているが、同シリーズの製品ではないため、リブランディングではない。全くのオリジナルだ。それでも「バーモントカレー味」としたのには、大きな意味がある。
ハウス食品が19年2月11日に発売した味付カレーパウダー バーモントカレー味<甘口>は、3年前に発足した新領域開発部3グループが手掛けた。担当者は全員、研究所から異動した元研究員で、必ずしもマーケティングやブランディングの専門家ではない。与えられたミッションは、今までにない製品を開発することだった。
開発に着手したのは17年初頭。製品コンセプトの根底には、社会のニーズがあったという。「当時、待機児童問題が大きな社会問題になっていた。それに対し、食品メーカーとして何か貢献できないかと思っていた」と同グループの石井英貴氏は語る。そこでまず、子育て共働き世帯の生活実態を徹底的に理解することから始めた。
たまたま石井氏の上司が保育園に通う娘2人を持つ共働き世帯だったので、最初に行ったのは、働く母親がどんな生活をしているのかを上司に体験してもらうことだった。上司が時短勤務をして、娘の保育園への送り迎え、洗濯、掃除、食事の用意などを担当した。その様子を定点カメラで録画し、どういったところに困っているか、どんなポイントでストレスを感じるかなどを観察した。また、社内や他の企業で働く24人の母親に生活上で困っている点をヒアリングし、さらに夕食の料理写真を1週間分、撮ってもらった。その結果、子育て共働き世帯の買い物と夕食の悩みの傾向が見えてきた。
共働き夫婦は土日に翌週分の食材をまとめ買いすることが多かった。土日の夕食は、買ったばかりの食材を使った豪華なメニューになり、月火もハンバーグや唐揚げ、麻婆豆腐など子供に人気の定番メニューを作るケースがほとんど。しかし、水木金となると使い残した食材を組み合わせて作る。ありあわせの食材で作った炒め物などが多くなり、子供がなかなか食べてくれなかった。
「水木金の料理を『名もなきメニュー』と名付けた。これに対して何か貢献できるのではないかと考えた。幅広い食材に使え、炒め物だけでなく副菜、汁物も作れ、子供が喜んで食べてくれる味付けというキーワードを結んでいくと、カレーパウダーに可能性があるのではという結論に行き着いた」(石井氏)。
ブランド名をコミュニケーションツールに
パウダー状のカレーというと、カレー粉がある。だが、カレー粉でカレー味の炒め物などを作ろうとすると、他に調味料や塩を入れないとおいしくならない。調味料をあれこれ組み合わせて料理するには、かなりの料理スキルが必要になるうえ、調理時間もかかってしまう。
「忙しい働く母親が、簡単に子供が喜ぶ料理を作れるというポイントからすると、これ1つで味付けが決まるものでなければいけない。また、子供が好きなのは、カレールーの味ではなく、カレーライスの味。ルーをパウダー状にしただけではだめだ」(石井氏)。カレーライスの味とは、肉や野菜などのうまみやおいしさが溶け出した味だ。それをパウダーで再現するため、食材の種類や量を変えて試作を何百回も繰り返したという。
試作途中でペースト状にすることも検討した。そのほうが風味がよいからだ。だが、炒め物には向くが、サラダに混ぜたり、フライを味付けたりするには使い勝手が悪い。モニターに聞くと、片手でササッと振りかけるほうが使い勝手がいいという声が圧倒的で、パウダーで行くことにした。
「商品コンセプトは『子供が食べる汎用カレー調味料』とし、商品名も『甘口カレーパウダー』で行こうと考えていた。しかし、カレーパウダーには辛いイメージがあるというモニターが多かった。そこで、ハウスと言えばバーモントカレーなので、お客さまとのコミュニケーションツールとして、バーモントカレーの名称を使い、味も寄せた」(石井氏)。
パッケージのセンターには大きく「バーモントカレー味」のロゴを入れ、「味付カレーパウダー<甘口>」のロゴはその下に控えめに入れた。ホームページには同製品を使ったレシピを数点掲載しているが、「『名もなきメニュー』のための調味料だから自由に使ってほしいという意味で、レシピ集は付けていない。また、子供向けの調味料だから『中辛』や『辛口』を出す予定もない」と石井氏は言う。
発売から2カ月たった4月末時点で「想定の2倍売れている」(石井氏)という。スーパーマーケットではカレールーやカレー調味料の棚に置かれているが、「バーモントカレー」の横に並べられているところも多いという。
日本人の味覚になじんだ味噌味と、子供に人気のバーモントカレー味。いつかスーパーマーケットの調味料の棚にも置かれるようになり、ライバル調味料として競い合う日が来るかもしれない。
(ライター 原武雄)
[日経クロストレンド 2019年5月22日の記事を再構成]
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