みうらじゅん 師匠・糸井重里氏からの破門で見えた道編集委員 小林明

――念願のメジャー誌デビューですね。

「高円寺のアパートから出ろ」と糸井さんから助言された(写真はJR高円寺駅南口)

「連載初回の相談は衝撃でした。僕がアイデアを話すと、糸井さんが『それより、おミズの話を描けば?』と意外な提案をされたんです。おミズとは水原弘さんが登場する殺虫剤『ハイアース』のホーロー看板のこと。以前、糸井さんのテレビ番組で地方ロケに同行した際、バスで移動中に僕が面白がって話していたネタでした。それをどう漫画にするかではかなり悩みますが、結局、『おまえは頭で考えちゃダメ。いつも話しているように描けばいいんだ』という糸井さんの言葉が後押しになった。ちなみに、糸井さんが付けた連載のタイトルが『見ぐるしいほど愛されたい』。僕のことも含めて、突拍子もない漫画を表すのに、これ以上のタイトルはないでしょうね」

「おまえはダメになる」、楽な道への逃避をお見通し

――さすが天才コピーライターですね。

「でも糸井さんは優しくて厳しい人です。最も忘れられないのは、何人かで新宿のサウナに連れて行ってもらった時の会話。『みうら、最近、文章も書いてるんだって?』と聞かれたので、『はい、漫画描くのは大変ですから』と適当に答えたら、しばらく沈黙した後、『きっと、おまえはダメになるな』とはっきりおっしゃったんです。みんなの前で……。一瞬、周囲が凍り付き、僕は努めて明るく『やっぱり、ダメですかねえ』なんて答えたけど、さらに糸井さんから『もう俺とは会わない方がいいよ』と破門を通告されてしまい、すごいショックを受けました」

「どうやら、僕が楽な方に逃げようとしていたのをお見通しだったんですね。でもその時は意味が分からず、帰宅して妻に話したら『糸井さんが言うんだから、きっとそうだよ』と言われてダブルショック。布団にもぐり込むと、涙があふれてきた。後になって『仕事をなめるな』『自分の名前で勝負しろ』という意味だったと分かるけど、糸井さんの言葉は空手の3年殺しのようにジワジワと効いてくるんです」

糸井さんの言葉は3年殺し、修羅場は本人の前で号泣も

――親心さえ感じますね。

糸井さんに破門された後、描いた自伝的漫画「アイデン&ティティ」(左)。2003年には映画化された(右、監督は友人の田口トモロヲさん)

「それで僕は心を入れ替え、『アイデン&ティティ』(92年)という自伝的要素の強い漫画を描きます。すぐに糸井さんから『やればできるじゃん』という電話をいただき、本当にうれしかった。糸井さんがすごいと思うのは、とにかく自分でいいと感じたものを人に無償で勧めること。たとえば事務所にイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』のレコードがたくさん積んであって、『これ、とてもいいんだ。聞いた方がいいよ』とみんなに配っている。ボードゲーム『モノポリー』も金属の豪華版をいただきました。徳川埋蔵金にのめり込んでおられた時にはライト付きヘルメットも届いた。でもそれが最終的に仕事になっていたりする。僕のマイブームやゆるキャラも、そんな『ない仕事』が大きなヒントになっています」

――糸井さんに何か恩返しできますか。

「きっと永遠にできないでしょうね。僕にも人生の修羅場があり、何度も助けてもらって、糸井さんの前で号泣したこともあります。今でも仕事ができているのは糸井さんのおかげ。ご恩は生涯忘れません。人間はいつか死ぬんだと思うと、僕は糸井さんに会いたくて仕方がない。先日はトークショーに呼ばれた大阪から東京まで新幹線でご一緒させていただきました。糸井さんが飼っている犬の写真も見せてもらい、すごく楽しかった。最近になって、少しだけですが、ようやく糸井さんと普通の会話ができるようになったかな、なんて感じています」

(聞き手は日本経済新聞 編集委員 小林明)

エンタメ!連載記事一覧
エンタメ!連載記事一覧