乃木坂46離れて分かった 深川麻衣、自分を出す必要

日経エンタテインメント!

乃木坂46出身の深川麻衣は、女優としての才能が開花した注目の1人だ。2018年、映画初出演にして初主演を果たした『パンとバスと2度目のハツコイ』では、第10回TAMA映画賞の最優秀新進女優賞を受賞。19年はNHK連続テレビ小説『まんぷく』に出演し、『日本ボロ宿紀行』では連続ドラマ初主演を務めた。さらに4月、5月と出演映画2本が公開。女優として順調な道を歩む深川は、「乃木坂46に入った時から、25歳でグループを卒業するという考えが頭の片隅にあった」と明かす。

1991年3月29日生まれ。静岡県出身。2019年、NHK連続テレビ小説『まんぷく』に成長した香田吉乃役として出演。映画では『愛がなんだ』、『空母いぶき』に出演。地上波連続ドラマ初主演を務めた『日本ボロ宿紀行』は6月26日にBD/DVDが発売予定(写真:中村嘉昭)

「芸能界に入りたいという夢を持ちながら、なかなか勇気が持てなくて。専門学校を卒業し、『ここで挑戦しなかったら後はない』と思った20歳の時にオーディションを受けて、乃木坂46に入ることができました。芸能界の仕事を始めるのが遅かった分、少し世間を見ていたので女性アイドルが30代、40代になっても続けていくのは難しいだろうと、現実的に自分の将来や人生を考えたんだと思います。

女優の道を考えるきっかけは、21歳の時、3枚目のシングル『走れ!Bicycle』(12年発売)で初の選抜メンバーになり、ミュージックビデオを中島哲也監督に撮っていただいた頃からだと思います。その後も内田けんじ監督などそうそうたる方々に撮っていただく機会がありました。また、映像の仕事や舞台を経験するうちに、お芝居が楽しいと感じるようになりました」

転機1:グループを卒業し、まっさらな状態に

「具体的に卒業を決めたのは、23歳の時です。私はこれから1人の人間として何をしていきたいんだろうと考えるようになり、その時に一番興味があったのがお芝居の仕事でした。先のことは決めていませんでしたが、20歳と30歳のちょうど間に当たる25歳で卒業しようと決めました。

グループに残ってお芝居の経験を積むという選択肢もありました。実際、『乃木坂46にいながら、できることもあるんじゃない?』などと言っていただきましたし、乃木坂46にいればこそ回ってくるチャンスもあるかもしれないとも考えました。でもグループの中にとどまっていると、自分の役割や立ち位置というものを自然と考えるし、いただくお仕事もきっとそういった“乃木坂46の深川麻衣”のイメージに近いものになる。だったら卒業して、乃木坂46という看板も何もない、全くフラットな状態でやったほうが自分のためにもなると思いました」

16年6月16日に乃木坂46を卒業したが、実はその時点では次の所属事務所は未定。「いろいろな方にご協力いただいて、今の所属事務所に移籍することができました」と語るように、同年9月から新たなキャリアをスタートさせた。

「ワークショップに通って演技の勉強をするようになり、気づいたのですが、私はそれまでは自分を前に出すことをあまりしてこなかった。乃木坂46のときは、インタビューの時でも2~3人一緒ということが多く、他のメンバーの発言を聞いてバランスを取りながら答えたり、まとめてしまうクセが付いていたんです。でも、1人で活動をするようになったら、もっと自分はこう思うという意思を伝える必要があると考えるようになりました。

17年に撮影した映画『パンとバスと2度目のハツコイ』でも、今泉(力哉)監督から『もっと我を出してもいいんじゃないか』と言われて。自分ではいい子でいた自覚もなかったのですが、受け身だったようです。でも考えてみれば、台本を読む時だって、主人公はなぜうれしいのか、怒っているのかなど、その気持ちが分からなければ演じることもできない。自分はどう感じるのか、それを表現することが大事なんだなと。グループで活動していた時には全く気づけなかっただけに、乃木坂46を卒業し、自分1人になって女優を目指したことに間違いはなかったと感じています」

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