ANAハワイ便 新設ファーストクラスの機内食を体験
連載 ヒコーキに恋して ANAホノルル線機内食 後編
全日本空輸(ANA)が2019年5月24日から成田―ホノルル線に導入する、世界最大の旅客機エアバスA380型機「FLYING HONU」(フライングホヌ)。同社はその就航に合わせて、ホノルル線の機内サービスも一新した。前回(「ANAハワイ便の機内食 エコノミーを1種類にした理由」)は人気飲食チェーン「Bills(ビルズ)」とコラボレーションしたエコノミークラスの機内食を紹介したが、今回は同社としてはホノルル線に初めて導入するファーストクラスの機内食を、飛行機が大好きなフリーアナウンサー貞平麻衣子さんが試食。さらに機内食づくりの苦労に迫った。
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今回、ANAのホノルル線としては初めて導入されるファーストクラス。ハワイといえば、誰もが憧れるリゾートですよね。私のはじめての海外旅行もハワイで、大学の卒業旅行でも訪れました。ハネムーンとしても鉄板のホノルル路線にこれまでファーストクラスがなかったとは、逆に驚きました。ファーストクラスでハワイだなんて、夢のまた夢の世界ですよね。
そんな初導入のファーストクラスではどんな機内食が出てくるのか。前回に引き続きCEマネジメント室商品企画部マネジャー、佐々木正典さんにお話をうかがいました。せっかくですから、ファーストクラスの機内食に関する疑問も聞いてみましょう。
まず初めに、素朴な質問なんですが、ファーストクラスの食事って、行き先によってそれぞれ異なるんでしょうか?
「日本を出発する便に関しては基本的に同じです。一方、日本へ帰ってくる便の機内食は異なります。現地で仕入れられる食材が異なりますので。手に入らないものもありますので、それぞれの地域ごとに担当がいて、メニューを決めるんですよ」
では、今回の日本―ホノルル線のファーストクラスも、ホノルル発で食べられる食事がハワイオリジナルというわけですね。
「ファーストクラスでは和食と洋食が選べます。ホノルル発の洋食はオアフ島コオリナ地区にある5つ星リゾートホテルFour Seasons Resort Oahu at Ko Olina内のイタリアンレストラン『Noe』とコラボレーションしたメニューを提供します。現在のNoeの料理長は、イタリアでも長く活躍された高塚良さん。お出しするのは、高塚さんが地元の食材を生かして考案した、南イタリアとハワイ・オアフの食文化を融合させたオリジナルメニューです」
どんな料理が出てくるのか。今回は社内でメニューを最終確認する「メニュープレゼンテーション」に特別に参加させていただき、試食しました。その味を紹介するのと同時に、ファーストクラスならではのご苦労を佐々木さんに伺います。
有名シェフも驚く機内食の制限
まず驚くのはその盛りつけ。ひゃーっと声を上げてしまいました。機内食といえば、プラスチックのトレーに所狭しと並べられたものが個人的には大変なじみ深いのですが、ファーストクラスはお皿で優雅に提供されます。しかも、プラスチックの器ではなく、ガラスや陶器のお皿が使われています。シャンパンはプラスチックカップではなく、シャンパングラスに注がれているんですよ。まるでレストランです。
ただ機内に持ち込むのですから、どんな食器でもいいわけではないそう。
「機内食用に積み込む食器は、薄くて軽くて丈夫なもの。また、カートに積み込めないといけないので、重さやサイズに収納効率が求められるんです。外部のシェフとコラボをすると『こういう食器が使いたい』という希望が出る場合も多いのですが、事情を説明してご理解いただいています」
このように機内食はいろいろな決まりごとやクリアしなくてはいけない制約があるといいます。きっと普通のシェフが想像していないような制約もあるに違いありません。そこで、外部のレストランとコラボレーションする際にシェフはどんなことに驚くのか、佐々木さんに聞いてみました。答えは「ほぼすべてです(笑)」。
「例えば調理のタイミングですね。一般のレストランだったら『食事スタートの2時間前』といえば調理を始める時間かもしれませんが、機内食の場合は積み込みを始めるのが出発の2時間くらい前なんです。そのための準備は出発の4~5時間前から始めます。準備といっても調理ではなく、積み込みの準備です。『調理は前日に空港近くにある工場で行います』というと、シェフの方は『そう言われれば、そうですよね』と(笑)」
機内食づくりの難しさを担当シェフに聞いたところ、「家庭で前日に作った料理を、一回冷蔵庫に入れて翌日に食べることを想像していただけると、その困難さがおわかりいただけるかと思います」とのこと。ううう、それは劇的に絶対的に難しいです。そんなの無理です。わかります、伝わりました、脱帽です。機内食ってすごい。
ファーストクラスの食事時間は「食べたいとき」
テーブルに運ばれてきたのはメインディッシュの一つ「仔牛(こうし)のホホ肉の煮込み、フォアグラとユーコンポテトのピューレ」。この盛りつけがすてきなお料理も「機内食ならではのルール」に基づいて考えられた一品なんだそうです。
「機内食はCAが盛りつけを行うのですが、工程はクラスごとに決められています。ファーストクラスの場合は1品あたり4~5工程まで、ビジネスクラスは3工程までです。コラボレーションするレストランやシェフにその制限を説明すると、そこでもほぼ100%驚かれますね(笑)」
上空でサービスされる全てのお料理には「指示書」があって、食材の盛り付け順や盛りつけ方が写真や文章で共有されているそうです。最近は立体的な盛りつけも増えてきて、写真だけではわからないので「動画」も参考にするのだとか。
このお料理の場合は、ユーコンポテトのピューレをのせ、その上に仔牛のホホ肉の煮込み、そしてフォアグラ。付け合わせを飾って最後にソースを広げて完成です。機内の安全を守りながら、こういった料理も仕上げるCAさんって本当にすごい。
次に出てきたのが「アンガス牛フィレ肉のステーキ、ラディッキョとキノコ、黒胡椒のバルサミコソース」。柔らかくてジューシーで、もう言葉になりません。こんなにおいしいものを空の上で食べられるなんて、奇跡じゃないかと思うほど。ずっとかんでいたいのに、とろけちゃう。ただこのおいしさにも、シェフたちの苦労が詰まっているんだとか。
「機内食には、生物(なまもの)をそのまま提供することはできないなど、多くの制約がありますが、その中でも安全でおいしい機内食をご提供するために、調理工程や様々な調理法を用いることで、少しでも地上と同じクオリティーに近づける工夫をしています」
そう考えると、このステーキも上空でこの絶妙な火加減のお肉が食べられるっていうのは、地上で食べる何倍もの価値がある気がしてきました。
ちなみにファーストクラスの食事は、食べたいときにリクエストすることができるんです。
「以前は同じ時間に『お食事です』と提供していたのですが、お客様の機内での過ごし方も、以前とは変わってきています。特に羽田からの国際線が増えるにつれ、深夜に出発する便も増えていて、現地へ着いてそのまま仕事を始めるという方も多い。お客様の行動もだいぶ変わってきているんです。食事は手短にすませたいというお客様にも、ファーストクラスを満喫したいという方にもご満足いただけるようにサービスを構築しています」
楽しみな海外レストランとのコラボ
いろいろ変わりつつあるファーストクラスの機内食。最近の動向について、先日、ムック「ファーストクラス TRAVEL GUIDE 一度は体験してみたい究極のエアラインサービス」を出版したイカロス出版の佐藤言夫さんに聞いてみました。
「ビジネスクラスでもいえることですが、最近のファーストクラスの機内食では有名シェフとのコラボレーションなどが目立ちます。貞平さんも驚いていましたが、機内食では、衛生上の問題や提供時間、食材の安定供給などの問題から、作りたてを出せなかったり、地上で食べる料理と同じ食材や調理法を使えなかったり、といったさまざまな制約があります。にもかかわらず味にこだわりを持っている有名レストランや料亭がコラボレーションに応じるということは、機内食工場(ANAの場合はANAC)の調理技術が非常に高いことを有名シェフらが認めている証しともいえるでしょう」
たしかに味が悪ければブランドにとってマイナスですものね。それにしても、初めて食べたファーストクラスの機内食のおいしさに驚きました。
「一般の人々の中には、機内食をレトルト食品のようなものと考えている人が少なくないと思いますが、実際に機内食工場を取材すると、ふつうのレストランと同じような調理をしている料理が大半です。冷蔵保存されて機内で再加熱されてはいるものの、料理そのものは『手作り』のものが多いのです。とりわけ高級な食材をふんだんに使っているファーストクラスの機内食は丁寧な盛り付けも含めて一皿一皿がいっそう念入りに作られている印象を受けます」
今回のANAハワイ便のファーストクラス機内食で佐藤さんが注目したのは?
「やはりハワイのイタリアンレストラン『Noe』とのコラボレーションメニューの登場ですね。日本の航空会社の場合、当然ながらコラボ先は日本のレストランや料亭が中心で、海外のレストランとのコラボはそれほど多くありませんでした。今回のようなケースが増えていけば、今まで以上にそれぞれの就航地らしい料理を楽しめるようになるのではないか。そんな期待を感じさせるメニューでした」
それにしても、ファーストクラスの機内食は食べたいときにリクエストできるのには驚きました。
「ちなみに一皿ごとにサーブされるレストランスタイルのファーストクラスでは希望する料理だけチョイスして他を省略してもいいんですよ。もちろん一切食べないこともできます。実際、上級クラス利用者の中には、ラウンジなどで搭乗前に食事をすませ、機内では睡眠を優先して機内食を食べない人も珍しくないようです。自分がファーストクラスを利用することを想像した場合、できるだけ睡眠をとって機内食は簡単にすませるか、それとも睡眠時間を削ってでも機内食を堪能するか、迷うこと間違いなし。もっとも、こんなことで迷う人は、そもそもファーストクラスを利用してはいけないのかもしれませんが(笑)」
佐藤さん、その迷う気持ちわかります。ファーストクラスの寝心地も気になるけど、睡眠時間を削ってでも全メニューを制覇したいですよね。
今回の取材で、遠い世界のファーストクラスを少しだけ体感することができました。べらぼうに高いと思っていたファーストクラスですが、お料理やサービスもファーストクラスだからこその価格設定に納得です。実際にファーストクラスに搭乗する日を夢見て、明日からもお仕事がんばろっと(笑)。
1981年3月16日生まれ、O型。元地方局アナウンサー。現在はホリプロに所属し、NHK-FM「クラシックカフェ」などを担当。趣味は、飛行機と愛犬とビールと旅。一人旅でアマゾン川のピラニアを釣ったり、愛犬を連れてパリに行ったりするなど、大の旅好きでもある。
(写真 吉村永)
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