阿川佐和子さんに学ぶ 人の話を聞く力(井上芳雄)
第44回
井上芳雄です。人の話を聞くって、難しいですね。僕はインタビューされることが多いのですが、自分のラジオ番組にゲストを呼んだり、トークショーの司会をやるときは、逆に話を聞く側になります。すると話を膨らませたり、盛り上げるのは難しいと思うことがたびたび。阿川佐和子さんの書かれたベストセラー『聞く力』を読んで、参考にさせてもらったりしていたのですが、先日その阿川さんと初めてお会いする機会がありました。
5月4日に放送された、阿川さんのトーク番組『サワコの朝』に出演したときのことです。お会いできてうれしかったし、やっぱり聞き上手だなと感銘を受けました。
番組では、ミュージカルオタクだった子どものころの話や『エリザベート』のオーディションを受けてデビューしたころの話、お芝居の稽古で蜷川幸雄さんに叱咤(しった)された話などをしました。30分の番組ですが、収録は90分くらいあったでしょうか。あっという間に過ぎて、楽しい時間でした。人の話を90分も聞き続けるって難しいことだと思います。さすがインタビューの達人です。
話した内容は、これまでにもいろんなところでお話しさせてもらっていたことです。でも、すごく新鮮な気持ちで話せました。聞き手として阿川さんは何が違うのだろうか、と考えてみたのですが、話を広げたり、深めたりするのが上手なのだと気づきました。
収録のときに盛り上がったのが、アメリカでの中学校時代の話。父親の留学を機に、一家で1年間アメリカに住んでいたときのこと。現地の中学校には日本人が僕1人だけで、英語がわからないし、友だちもいなくて、全然楽しくなくて大変だったという話です。
阿川さんも似たような経験をしたことがあるそうで、「そういうときって、こういう気持ちですよね」とか「え!? そんなことになったの」といった感じで、共感してくれているのがすごく伝わってきます。僕も話しているうちに、当時の感情がよみがえってきました。かと思ったら、「そうは言っても、実はこうだったんじゃないですか」とか「それは、例えばどういうことですか」みたいに、違う角度から突っ込んできたり、揺さぶってきたり。そのたびに僕も一生懸命考えて、また話が広がっていきます。
そうしているうちに、僕のことをすごくよく分かってくれている、自分の理解者だ、みたいな気持ちになりました。阿川さんの天性なのか、計算なのかは分からないですけど、そうやって話を膨らませていくんだなと思いました。
人に話すことで自分でも初めて気づくことって、ありますよね。例えば、あのとき自分はそんなに傷ついていたのかとか、あの経験が自分にとって大きかったんだとか。だから、いい聞き手はカウンセラーのような存在だという気がします。その日は、阿川さんがまさにそうでした。
相手の話に集中するために
僕に限らずだと思いますが、インタビューを受ける側の心情として、あらかじめ用意した質問を順番通りに聞かれても、気持ちが盛り上がってこないことがあります。もっと話したかったのに、さっと切り上げられて次の質問に移られると、自分にはあまり興味がないのかなと感じ、通り一遍の受け答えになってしまうかもしれません。阿川さんは逆で、もっと聞いてほしいというサインを見逃さず、しっかり突っ込んでくれる会話のキャッチボールがありました。それが、自分を分かってくれている、という気持ちにつながったように思います。
そういえば、阿川さんは質問のメモを持たずに話していました。「(テーブルに)何も置かれないんですね」と言ったら、「メモがあるとそれに縛られるし、一瞬でも目を落としたら、相手も『今、見たな』と気になるでしょう」と。相手の話に集中するために、できる限り何も置かないようにしているそうです。
誰しも自分のことを分かってほしいから、話を聞いてほしくない人はいないはず。相手の話をちゃんと聞ける力というのは、インタビューに限らず、仕事や日常の会話においても一番大事なことだと、あらためて思いました。とても難しいことではありますけど。
そんな阿川さんの聞き上手を学んで、僕も人の話を聞くときに、何か生かしてみたいと思っています。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第45回は6月1日(土)の予定です。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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