クルマが自動でドクターヘリ要請 救急装置搭載の意義
「先進安全」と言えば自動ブレーキが有名だが、今回はもう一つの有用な機能「ヘルプネット」を取り上げる。交通事故時にクルマが警察や消防などに自動で状況を伝えるシステムで、2018年発売の新コネクテッドカー、トヨタ「クラウン」「カローラ」などで標準装備になった。ドクターヘリを自動で呼ぶことができるために救命の可能性を高められるというシステムの内容と意義について、ドクターヘリで著名な日本医科大学千葉北総病院の本村友一医師に小沢コージ氏が話を聞いた。
17分縮めるだけで救命確率が飛躍的に高まる
小沢コージ(以下、小沢) すみません。僕は日本にドクターヘリがどれくらい普及しているかも知らなかったんですが、先日トヨタコネクティッドの話を聞いて驚きました。新型カローラかクラウン、もしくは一部のホンダ車に乗っていれば(今年に入って日産、スバル、マツダも対応)、事故時に自動でドクターヘリが呼べると。しかもD-Call Netを使うことによって、今までより17分も早くヘリが呼べて、命が助かる確率が飛躍的に高まる。これを聞いたとき、車内でネットサーフィンもいいけど、それ以上にこの機能だけでカローラを買ってもいいんじゃないかと思ったくらいです。
本村友一さん(以下、本村) 今回導入されたD-Call Netで見込まれる効果というのがあります。医学的な話ですが、例えば事故で大きなけがをして出血が始まると、時間とともに水道管が破れたように出血が続き、死に至ってしまう。そこで外傷の「ゴールデンアワー」というものを定めています。受傷して60分以内に根治的な治療をめざすというものです。
小沢 1時間以内に血を止めれば何とかなる。それが1つの救急医療の目安なんですね。
本村 ただし交通事故に遭うと、あっという間に時間が過ぎて、救える命も救えなくなってしまうことが多いんです。日本にドクターヘリシステムが導入されて19年目、それでも事故発生を消防が把握するまでに5分、そこから消防がドクターヘリを要請するまでに15分。つまり事故発生からヘリを呼ぶまでに20分もかかっています。
さらに医師がヘリで現場へ飛び、現場で患者に接触するまでに18分。ヘリを使っても最初に診るまで38分もかかっているんです。しかも現場ですぐ手術は始められないので、病院に連れて帰るのにさらに29分。つまり事故から67分後に患者は初めて病院に到着するわけです。これに加えて輸血や検査で、現状では67分プラスアルファの時間がかかっています。このアルファは病院によっては約2時間にも及びます。
小沢 救急車が一度現場に呼ばれ、ヘリを飛ばすかジャッジしているから時間がかかるんですね。
本村 そこで何とかゴールデンアワーを達成し、より多くの患者を助けたいと考えたときにどの時間を削れるかと考えれば。
小沢 最初の20分を削るしかないと。
本村 それがそもそものD-Call Netの発端です。D-Call Netが機能することで、20分かかっていたヘリの要請が3分以内になりました。17分も短縮できています。
小沢 事故時にクルマが自動で乗客のけがの具合を判断し、自動通報するのがキモですね。どういう仕組みなんですか。
エアバッグセンサーの入力で自動的にヘリが飛ぶ
本村 基本はエアバッグに付いているGセンサーの加速度情報です。それで事故時の衝突の激しさや方向を測り、そのほかシートベルト装着の有無、多重衝突でないかなどを判断します。そして乗客の死亡重症確率が何%かを判定するんです。
小沢 それがこのスマホ画面ですね。しかし、測定値だけで判断を間違うことはないんですか。ヘリで行ったらドクターが必要のない程度の軽いけがだったとか。
本村 資料を見る分にはオーバートリアージ、つまり重傷度を実際より多く見積もったのは約20%です。
小沢 相当正確だ。
本村 本来オーバートリアージは50%ぐらいまで許容されます。そもそも乗客の年齢が正確に分からない現状では、傷害値予測を65歳以上のドライバーが乗っているという想定で行いますから。
小沢 多少無駄に行ってもかまわないくらいの想定でヘリは飛んでいるんですね。D-Call Netは実際にはどれくらい使われているんですか。
本村 試験運用が15年に始まり、18年に本格運用が始まりましたが、まだ数件です。国内で登録されている乗用車6000万台のうち、D-Call Net対応のクルマは80万台。まだ1%をやっと超えたくらいなので、これを増やしていかないと。
現在ドクターヘリはウチだけで年間1200回飛んでいますし、標準化は絶対に必要です。そもそも千葉県では毎年200人弱が交通事故に遭い、24時間以内にお亡くなりになっていますが、そのうち4割は救助隊到着時に何らかの生命兆候があるんです。上手に手当てすれば助けられたかもしれない。
小沢 そこは先日トヨタコネクティッドの社長でもある友山茂樹トヨタ自動車副社長が言っていました。「20年までにトヨタのすべての新型車にDCM(車載通信機)を積んでいく」と。
本村 18年1月には実際にドクターヘリが飛んで現場で2人の患者を診ています。これが世界初のD-Call Netによる実例です。
小沢 ドイツほか欧州ではドクターヘリは日本より多いと聞いていましたが。
本村 欧州では18年3月31日以降発売されるすべての新車に、「eCall」という自動緊急通報システムが義務化されていますが、ドクターヘリの自動要請まではできません。
小沢 その点で日本は最先端なんですね。
なぜ東京にドクターヘリが導入できないのか
本村 とはいえ、世界的には進んでいるといわれる日本の救急医療でも、人がマニュアルでやっている仕事があまりに多くて不正確です。ドクターヘリで現場に行き、患者の状態を知ろうとしてもどこの誰だか分からないし、どうして倒れたのかさえ不明。すべては手探りからです。
けが人の年齢や持病、日常服用している薬なども翌日になれば分かりますが、それじゃ遅いんです。しかし、もし医療ビッグデータがあり、さらに車両にオーナー情報がひも付けられていれば、瞬時で持病も分かり、例えば血液をサラサラにする薬を飲んでいるかどうかも分かる。
小沢 ネット接続でやれることはまだまだありそうです。
本村 例えば、事故現場に行くと死亡者がクルマの乗員である確率は2割から2割5分です。残りの7割5分以上は歩行者。その場合、衝突した瞬間や事故後の映像を分析するしかない。
小沢 そういえば東京はドクターヘリが導入されていないようですが、ヘリを止められるところがないんですかね。道が狭くて。
本村 いっぱいありますよ、ビルの上でも。一番の問題は、国民の理解です。交差点の真ん中に降りたいんです、僕らも。ところが、ぶつかってクルマに挟まれている患者さんのすぐそばに空き地があっても、周辺住民の理解などが得られていないので降りることができない。
小沢 問題はそこですか。確かに救急隊員がコンビニに行っただけで怒られる国ですからね。
本村 ドイツで救急車に乗っていたときは、ファストフード店に立ち寄ればみんな席を譲ってくれたりするんですが。
小沢 コネクテッドで自動でヘリが呼べるだけでスゴイって思っていましたが、まだ道半ばですね。
本村 まだまだです。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」、不定期で「carview!」「VividCar」などに寄稿。著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)など。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 北川雅恵)
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