タクシー、なぜ日本は自動ドア? きっかけは東京五輪編集委員 小林明

アジアの一部で成果、欧米では苦戦

これまで自動開閉ドアを海外に輸出しようとしたことが何度かあった。

最も成果を上げたのが香港。日本と同じ左側通行。しかも日本車が多いので国内の自動開閉ドアをそのままの仕様で輸出できる。73年から輸出を始め、計2万台ほど納入したという。このほかマカオ(95年)、シンガポール(2002年)などにも一定の輸出実績がある。

一方、ほとんど普及しなかったのが欧州や北南米などそれ以外の地域。

たとえば、米国のあるタクシー関係者が来日した際、自動開閉ドアに興味を持ち、「試しに輸出してほしい」と打診してきたことがあったそうだ。試験的に輸出してみると「日本車よりもクルマのサイズがかなり大きく、パワー不足でどうしても動かない。さらに米国だと個人タクシーが多く、売り込みの窓口もバラバラなので効率が悪い。販売後のメンテナンス体制を整えるのも困難。結局、定着せずに終わった」(勝野さん)という。

仕様・メンテ・窓口……海外では普及に数々の障害

装置の取り付けやメンテナンスには手先の器用さが欠かせないうえ、各地域の車種や仕様に合わせた自動開閉ドアをわざわざ開発しなければいけない煩雑さもある。しかも海外の顧客サービスの感覚は、きめの細かい日本とはかなり異なるので「運転手がドアを開け閉めする方式は面倒でなじまない」と抵抗する声もあったらしい。

こうした様々な要因が障害になり、米国のほか、英国やブラジルでも浸透せずに終わったという。

最後に東さんが興味深いことを教えてくれた。「東京五輪のたびに日本のタクシーは大きく変わる」というのだ。

2020年開催の東京五輪に向け、17年秋に発売されたトヨタの「ジャパンタクシー」(トヨタ提供)

たしかに1964年の東京五輪は自動開閉ドアが国内に普及する突破口になり、顧客サービスのあり方が大きく変化した。2020年の東京五輪に向けては、トヨタが17年秋にワゴン車の新型「ジャパンタクシー」(ドア開閉は電動スライド式)を発売。多くのタクシー会社が車両を切り替えつつある。どちらも来日する外国人へのイメージやサービスを向上したいという日本人のおもてなし意識が背景にある。

独自の発展を遂げてきた日本のタクシー文化。時代や社会の変遷に伴い、これからどのような方向に進化してゆくのだろうか。

(日本経済新聞 編集委員 小林明)

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