地球にやさしいから斬新 「正しい」おしゃれの磨き方
宮田理江のおしゃれレッスン
ファッションの世界でも、ブランドや企業の「志」が問われるようになってきました。具体的にはサステナビリティー(持続可能性)への配慮やエシカル(倫理的)な取り組み、文化の支援などがショッピングのものさしに加わりつつあります。後ろめたさを感じないで、気持ちよくおしゃれを楽しみたいという消費者側の意識が背景にあるようです。先進的な取り組みを進める、イタリアブランド「Alcantara(アルカンターラ)」を提供するアルカンターラ社(ミラノ市)を取材しました。企業哲学を巡るファッションの現在をリポートします。
メイド・イン・イタリーのサステナビリティー素材とは?
罪悪感を覚えなくて済む消費の代表例は人工毛皮(フェイクファー)でしょう。動物愛護の意識が国際的に高まり、リアルファー(動物由来の毛皮)を使わないと宣言するブランドが増えてきました。化学的に生産する人工ファーの品質が高まり、ファッション素材として使いやすくなったことも背景にあります。エコファーやファーフリーファーとも呼ばれる人工ファーは秋冬に一段と盛り上がる兆しが見えています。
生き物の犠牲を伴わない素材調達は、サステナビリティーの面からもメリットが大きくなっています。天候や人手に左右されず、工場で生産できるので、安定的に確保しやすいうえ、コスト面でも魅力的です。フェイクファーのような化学製品は裁断や染色といった後加工が天然素材に比べて楽で、服飾的な表現力も高まるという利点があります。
世界の高級車ブランドの多くが内装に採用している人工皮革(レザー)の「アルカンターラ」はポリエステルとポリウレタンを原料とするスエード調の素材です。もともとは日本の東レが開発した技術をベースに、東レのイタリア子会社、アルカンターラ社が製造・販売しています。イタリアのクラフトマンシップやデザインセンスが加わって、本物のスエードを思わせる風合いに仕上がっています。
動物由来のレザーに比べて、自在に加工しやすいので、ファッションブランドとのコラボレーションで、様々な新デザインを写し込む受け皿になってくれます。たとえば、2014年3月に発表された山本耀司氏のブランド「Y's(ワイズ)」とのコラボでは、コートやパンツにアルカンターラ素材が用いられました。花柄を全体に配したコートやスカートは、しっかりした質感と軽やかな着心地を両立させています。「Y's」との間では2019年5月末にも新カプセルコレクションが発表される予定です。
ファッションブランドも注目 環境にやさしい素材で表現力もアップ
耐久性が求められる自動車シートでは、十分な厚みや張りを出しているアルカンターラですが、ファッション素材としてはもっと薄くてしなやかに加工しています。イタリアの有力ブランド「MAX MARA(マックスマーラ)」とのコラボでは、コート風ワンピースがきれいなドレープを帯びた自然体のムードを表現していました。
さらに人工皮革の可能性を広げて見せたのがイタリアブランドの「ANDREA INCONTRI(アンドレア インコントリ)」です。蛇革風の模様をプリントして、コートやスカートを仕立てました。実際の蛇革では、こんなに面積の広い衣服は仕立てにくいはずですが、アルカンターラ素材を使えば、可能になります。このようにアルカンターラはサステナビリティーと表現力アップの一挙両得につながっているわけです。
現代の消費者にとって、環境保護やコンプライアンス(法令順守)、社会貢献などの「大義」は、商品を買う動機付けにもなっています。地球を痛めつけたり、労働者を搾取したりするようなブランド・企業の商品を買いたくないという気持ちは、ますます広がりつつあります。自分がまとう服の成り立ちに納得感を求める感覚は食品のトレーサビリティー(生産履歴の追跡)に近くなってきたようです。
こうした消費者マインドの強まりを背景に、ブランド・企業側は進んで自分たちのポリシーや取り組みを公開するようになってきました。たとえば、アルカンターラ社は独自の「サステナビリティ・レポート」を毎年、発表しています。イタリアのブランド・企業ではかなり早い09年に、地球上の二酸化炭素を増やさない仕組みを実現したことを証明する「カーボンニュートラル」認証を取得。トウモロコシの葉・茎やサトウキビの廃糖蜜など、再生可能な資源を原材料に使い、20年までにバイオ原料だけを使う生産を目指す目標を設定しました。これらの活動も「サステナビリティ・レポート」に明示されています。
アートを支援するプロジェクトで、アートも持続可能に
取り扱うファッション商品の美しさだけではなく、経営の態度や企業としての振る舞いにも「美しさ」が求められるようになってきました。アートを中心とする文化への支援は、デザイン美を商品とするファッション企業にとって、事業との親和性が高いといえます。アルカンターラ社は以前から、たくさんのアート支援プロジェクトを立ち上げてきました。19年3~4月にローマ市の「MAXXI 21世紀芸術国立美術館」で開催された展覧会もサポート。アルカンターラをアート素材に生かした作品が展示されました。
国際的なデザインスタジオ「Formafantasma(フォルマファンタズマ)」は鉄パイプで足場を組んで、建設現場のようなインスタレーション作品を制作。アルカンターラ素材は写真や絵を写し込むキャンバスのような使われ方をしていて、アート作品に違和感なく溶け込んでいます。フォルマファンタズマのシモーネ・ファレジン氏とアンドレア・トリマルキ氏の2人は「自由自在に加工しやすい素材だから、いろいろな表現を試せる」と、アート素材としてもアルカンターラを高く評価。アート支援の取り組みを長く続けていることにも敬意を示していました。
フォルマファンタズマの作風は古今の文化をクロスオーバーさせるところが持ち味。今回の作品も建築の歴史をベースにしています。先端アートを支援するアルカンターラ社のアプローチは、アートの歴史を未来へ向けて進める効果があり、その意味ではアートを持続可能にする活動とも映ります。つまり、アートのサステナビリティーに貢献するプロジェクトともいえそうです。
消費者が重視する「正しいおしゃれ」
ファッションの世界では大きなトレンドが生まれにくくなりつつあります。機能が重視されるようになったのに加え、消費者が目先の流行を追わなくなったことなどが背景にあります。そうした状況にあって、消費者が重視するようになってきたのは、ブランド・企業の姿勢やイメージです。女性への敬意や、社会正義の実現、地球環境の保護といった、「非ファッション」の取り組みも加味して、ブランドイメージを判断するようになりました。サステナビリティー重視やアート支援はそれらの「評価基準」のひとつに加わったといえます。
アルカンターラ社のアンドレア・ボラーニョ会長兼最高経営責任者(CEO)は「一般的にはどの企業もサステナビリティーの導入を考えるとき、コストと効果をどういうふうにてんびんにかけるかで、ジレンマに陥りやすくなるでしょう。でも、アルカンターラ社の場合、サステナビリティーの取り組みは、企業にとっての付加価値を高めることだと考えています」と言い切ります。
つまり、ブランド価値とサステナビリティーは密接な関係にあると考えているわけです。
シーズンごとに移り変わるトレンドやヒット商品を生み出し続けるのは、至難の業です。しかし、長い時間をかけて築き上げたブランドイメージは継続的な努力で保ちやすく、顧客にも安心感を与えます。長期的なエンゲージメント(つながり)を消費者とつくりたいと考えるブランド・企業がサステナビリティーや文化支援を通して、信頼感や絆を深めようと考えるのは、自然な動きといえます。
原料調達の方法や労働環境の健全さなどを考慮する「エシカル消費」がしばらく前から広がりを見せています。今では消費者が意識する「チェック項目」はサステナビリティーや文化支援などの領域まで含めるようになっていて、見た目だけにとらわれない「正しいおしゃれ」を支持する傾向は今後も強まりそうな気配です。
(画像協力)アルカンターラ https://www.alcantara.com/ja/index.do
ファッションジャーナリスト、ファッションディレクター。多彩なメディアでランウェイリポートからトレンド情報、スタイリング指南などを発信。バイヤー、プレスなど業界経験を生かした、「買う側・着る側の気持ち」に目配りした解説が好評。自らのテレビ通販ブランドもプロデュース。セミナーやイベント出演も多い。 著書に「おしゃれの近道」「もっとおしゃれの近道」(ともに、学研パブリッシング)がある。
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