銀行と投資 鮮明になる優勝劣敗に備えよ(平山賢一)

同時に日銀による異次元緩和の下、積極的な国債購入に協力すべく銀行は保有する国債を売却。外債など国債以外の多様なアセットクラスへの投資を余儀なくされた時代でした。

令和の時代の銀行による証券投資はどのようになるでしょうか? 株式市場への資金流入が期待できるでしょうか? 答えはノーです。銀行は、資産に比べ資本の比率が低いため、融資や証券投資でリスクを取り過ぎると、資本金を食いつぶすほどの損失に見舞われるリスクにさらされる業態なのです。銀行の証券投資という形で、リスクの高い株式市場へ大量の資金が流入することはなさそうです。本来なら利ざやが確保できる融資先があればいいのですが、そんな都合のよいことばかりを言っていられないのが現状です。

■歴史が示す銀行数の減少

しかし、歴史を振り返ると、同じく低金利が進んだ昭和初期の銀行の場合は事情が異なりました。低金利が進む中で、多くの銀行が合併などに踏み切り(銀行合同)、全体の数が大幅に減少して利ざやを確保できる融資先や投資先の提供が政策的に行われました。

メガバンクに相当する五大銀行に至っては、戦争に向かう中、軍需に支えられた生産拡充企業に対する融資が拡大。固定化された資金調達コストに利益が乗るように貸出金利が決められていたこともあり、事実上の利益は積み上がりました。貸出先の乏しい地方を基盤にした普通銀行の場合、1945年には53行まで銀行数が減少したものの、調達コストが国債利回りより少し低くなるような政策のおかげで利ざやを確保し、利益を上げていたのです。

図表は日本の銀行数の推移です。1873年に第一国立銀行が開業して以降、日清戦争を契機にした普通銀行設立ブームを経て、日露戦争前の1901年には合計で2300行を超えました。その後は一転、政府の銀行合同政策により日本銀行などの特殊銀行を含めても、70行までに減少する経過をたどったことが分かります。

現在の銀行数はこのようにドラスチックな減少基調ではありませんが、日本社会の構造転換に応じた変革の必要性は共通しています。しかも、戦前・戦中期のように政策的な利ざや確保策は期待できません。そんな中でビジネスモデルの変換を迫られる銀行――。戦略の優勝劣敗が今後の投資成果を左右することになるでしょう。

プロのポートフォリオは運用に精通したプロが独自の視点で個人投資家に語りかけるコラムで、原則火曜日掲載です。
平山賢一
東京海上アセットマネジメント執行役員運用本部長。1966年生まれ。横浜市立大学商学部卒業、埼玉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。東洋大学経済学部非常勤講師。30年にわたり内外株式や債券をアセットマネジメント会社で運用する。著書に「戦前・戦時期の金融市場」「振り子の金融史観」などがある。
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