50分働くと1食無料の「まかない」、好みの食材と調理法で注文できる「あつらえ」など、ユニークな仕組みの食堂を切り盛りする小林せかいさん。東京工業大学を出た元システムエンジニアが、「どんな人でも受け入れる」という理念の食堂経営にたどり着いたのは、少女時代の家出がきっかけだった。飲食業界の常識を飛び越える小林さんのオシゴトに迫る。
どんなお仕事をしていますか?
東京・神保町の定食屋「未来食堂」の店主です。コの字形のカウンターに椅子が12席、一見普通の飲食店ですが、「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所を作る」という理念を実現するため、普通の飲食店にはない、いくつか独自の仕組みを取り入れています。
まず、従業員は私1人ですが、「まかない」という仕組みがあって、毎日違う人が手伝いに来てくれます。「まかないさん」はお店で50分働くと1食無料。一度来店した人であれば、年齢や経験、国籍を問わず誰でもできます。働きたいという気持ちがある人全員に働く場があった方がいい。こんな思いから、能力などで選別することなく誰でも受け入れることにしました。
飲食店を始めたい人や起業に興味のある人をはじめ、様々なバックグラウンドの人が来ています。小中学生や障害を持つ人、外国人もいました。どんな人にでも役に立てることはある。仕組みさえ作れば、誰とでも一緒にやっていけるのです。
お客さんに対しての特徴は、夕食の時間帯にやっている「あつらえ」です。融通のきくお店って最近少ない気がしませんか? メニューは日替わりの定食1種類のみなのですが、夜は追加のおかずのオーダーメードを受けています。その日の食材から好みのものを選び、どんなふうに食べたいかを注文します。「ちょっと喉が痛い」「マヨネーズが大好き!」などオーダーは様々。目の前の「あなた」に向き合った一品を提供したいと考え、始めました。
もう1つ「ただめし」というものがあります。お店の入り口にはってある「ただめし券」をはがして持ってくると、1食無料で食べられます。実は、この券はまかないさんが50分働いて得た食事の権利を譲ったものなのです。まかないさんが働いた日時とメッセージを付せんに書き、入り口にはっています。本当に困ったとき、せめてここで温かい食事をとってほしい。こんな善意が支えている仕組みです。
23歳(2008年)東工大理学部数学科を卒業後、日本アイ・ビー・エムに就職。システムエンジニアとして働く
29歳(2013年)クックパッドに転職。会社のキッチンで食事を作ってふるまい、評判になる
30歳(2014年)老舗の仕出し料理屋、オリジン弁当、サイゼリヤ、大戸屋、料理代行など、様々な業態の飲食店で修業を積む
31歳(2015年)東京・神保町に「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」として、未来食堂を開業
なぜ「未来食堂」を始めたのですか?
15歳のときのことです。人生で初めて足を踏み入れた喫茶店でこれまで感じたことのない居心地のよさに衝撃を受け、まだぼんやりとですが「いつか自分もお店を持つんだ」と決めました。周囲との関係や自分自身について、いろいろ考える年ごろです。今考えると、「学校の自分」でも「家の自分」でもない、「そのままの自分」を受け入れてくれたという感覚から来る衝撃だったと思います。