高貴薫るブルガリア「バラの谷」 ローズオイルの故郷

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/5/19
マケドニア、コチャニから参加したダンスアンサンブル「コチャニ」のメンバーが、国際フォークロア祭りで出番を待つ。このイベントは、カザンラク・バラ祭りの一環として催された(Photograph by Yana Paskova)

蒸留所は、毎年のようにバラ園が新しく生まれ、市場が飽和状態にあると主張しているが、生産者側は、蒸留者が陰で話し合って花の買い取り価格を下げているのではと疑っている。多くの地元住人は、政府が管理して最低買い取り価格を設定すべきだとしている。しかし、1989年に共産主義体制が崩壊して以来、ブルガリアの市場経済は政府ではなく需要と供給によって支配されている。

天候の問題もある。バラは、砂地で透水性が高く、粘土質でない土を好み、たっぷりの日光、暖冬、そして開花の時期には十分な湿気を必要とする。ブルガリアのバラの谷はバラ栽培に最適で、2本の川と周囲の山が、大気の急変から谷を守ってくれる。午前中は日当たりが良いが涼しく、午後には気温が上がり、時には雨も降る。そのおかげで、開花時期のバラは自己防衛反応として油を産出する。

パレードで舞台中央のピンクの玉座に座り、手を振る「バラの女王」ミハエラ・ハドジエヴァさん(Photograph by Yana Paskova)

しかし、気温が上がりすぎたり雨が少ないと開花が早まり、普段なら標高の違いによって、ゆっくりと順々に開花するところを、一斉に咲いてしまうことがある。花摘みの期間は通常3週間ほどだが、その期間が短くなると、生産者は対応に忙殺される。

ブルガリアの気象学と水文学国立研究所のアシスタント・エンジニア、クラスティナ・マルチェヴァ氏は、バラの谷の気候がわずかに変化しただけで、バラの生産に影響が出ると話す。「6月の気温は上昇傾向にあります。また、ここ15年間で5月の降雨量が増加しているものの、過去100年間のデータを見てみると、全体的な降雨量はわずかに減少し、気温が上昇していることがわかります」

2018年のバラ摘みの期間は丸々1週間分も短くなったと、タチェフさんとアレクサンドロヴァさんは言う。雨が少なく、気温が高いために、開花が早まったと考えている。「短期間で花摘みをしなければならないというのに、人手が足りませんでした。他の人もみな自分のバラを摘まなければなりませんから。そのため、夜遅くまで作業せざるを得ませんでした。早く摘まないと、バラ油が蒸発してしまいます」

カザンラクにあるレマ蒸留所に届けられた袋詰めのバラ(Photograph by Yana Paskova)

生産者たちは、今後いつまでバラの生産を続けられるか不安視しているが、バラの谷、そしてブルガリア全体から国の象徴とも言えるバラが消えてしまうなど、想像できない。カザンラクの町だけを見ても、バラはいたるところに見られる。道行く人の服やアクセサリーにあしらわれ、博物館やホテルの名にもなっている。バラ摘み作業員の腕にはバラの入れ墨が彫り込まれ、街のマーケットにはバラのデコレーションケーキが売られている。そして家々の庭には、色とりどりのバラが咲き誇る。

「バラの栽培は繊細で難しく、大変な作業です」と、タチェフさんは言う。「農業は、空の下で行う実験だと思いませんか。私たちに開放されているが、完全に私たち任せではない。私の祖父は、自分で摘むまで自分のものではないと、よく言っていました。一回雹(ひょう)が降っただけで、全滅してしまうことだってあるんです」

◇  ◇  ◇

次ページでも、パスコヴァ氏の写真で、ブルガリアを象徴するバラと人々の関わりを紹介しよう。

ナショジオメルマガ
注目記事
ナショジオメルマガ