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高貴薫るブルガリア「バラの谷」 ローズオイルの故郷

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/5/19

ナショナルジオグラフィック日本版

毎年6月最初の週末に開催されるバラ祭り。ブルガリアの伝統的な民族衣装を着た女性たちがバラの花を摘む(Photograph by Yana Paskova)

ヨーロッパ南東の国、ブルガリアに「バラの谷」と呼ばれる一帯がある。バルカン山脈の南に横たわる東西140キロほどの細長い渓谷で、毎年5月から6月にかけて咲き乱れるバラの花によって、谷はピンク色に染まる。写真を撮影したブルガリア出身のフォトジャーナリスト、ヤナ・パスコヴァ氏に「バラの谷」を紹介してもらおう。

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かつての共産主義体制下では、拳銃、銃弾といった武器製造でしか知られていなかった地域だが、現在はローズオイル(バラ油)の世界的な生産地として有名になった。ローズオイルは「金の液体」とも呼ばれ、わずか450グラムを製造するのに1440キロ以上ものバラを必要とする。その価値は3500~6000ドルにもなる。

食用にもなる香り高いバラの花は、今ではブルガリアが誇る国家的名産品となったが、経済的な問題や気候の不安もあり、その未来は不透明だ。

ブルガリア、オセテノヴォで家族が経営するバラ園のバラを摘むシルビア・ヨンコヴァさん。バラ摘みは日の出とともに始まり、昼前には作業を終える(Photograph by Yana Paskova)

バラ油が採れる品種で、この谷で最も多く栽培されているのが、ピンクの花びらをつけるダマスクローズ(Rosa damascena Mill)である。正確な原産地はわかっていないが、シリアの首都ダマスカスから持ち込まれたという説が有力なほか、古代ペルシャ原産とする説もある。ブルガリアには17世紀にトルコの商人によって持ち込まれた。

バラの谷の中心地となっているのがカザンラクの町。ここでは毎年6月最初の週末にバラ祭りが開催される。伝統的なバラ摘みやバラの蒸留工程、民族舞踊、バラ入りのケーキや石鹸、アクセサリー、ワイン、ラキアと呼ばれる地元産果実酒が、訪れる人々を楽しませる。また、その年高校を卒業する生徒の中から「バラの女王」が選ばれ、パレードも行われる。

バラの収穫を祝うのは、その栽培が困難であるためだ。カザンラク郊外にあるブソフグラッド村の生産者ティホミル・タチェフさんとアレクサンドリーナ・アレクサンドロヴァさんは、1.8ヘクタールの土地でバラを育てているが、栽培期間が長いうえ作業は複雑で、費用もかさむ。まず、土の準備が整った秋に挿し木を行う。その後年間を通して根気強く肥料をやり、トラクターで作業し、乾燥した枝を切り落とし、害虫や雑草を除去する。そしてようやく、5月と6月の花摘みを迎える。

レマの蒸留所で、袋に入ったバラの花。このバラから、ローズオイル(バラ油)やバラ水、その他の土産用バラ製品が作られる(Photograph by Yana Paskova)

こうして収穫されたバラの花は、蒸留所に買い取られてバラ油に加工される。タチェフさんとアレクサンドロヴァさんは、バラの谷の他の生産者とともに大量のバラの花を道路にばらまき、蒸留所によるバラの買いたたきに抗議したことがある。世界的な化粧品ブランドや香水ブランドがこぞって買い付けるバラ油には高い値がつけられている一方で、原料となる花の価格は下落し、生産費や労働力を賄うのがやっとという状態である。

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