あやとりで金メダル!? 創作「東京オリムピック噺」
令和と元号が改まって最初となる今回は、初心に立ち返って本業である落語と向き合ってみようと思います。披露するのは私の創作した落語『押忍(おす)!あやとり部』。昨年、ラジオ用に作ったものの細部を改定しました。いよいよ来年に迫った東京オリンピック、パラリンピックを応援したいという気持ちからです。また、現在放送中のNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』を絶賛応援中でもあります。では、はじまりはじまり~!
■めざせ「次の東京大会」
「よしゃあ! ラスト5セット!」
「はいッ! ハシゴ、ホウキ。ハシゴ、ホウキ。ハシゴ、ホウキ! ハシ…ゴ、ホ…ウキ…。ハ…、ハ…」
「どした、たかしー! ラストぉー!」
「せ、先生! 限界です。ゆ、指が。指が…」
「負けるな! 自分に打ち勝て! ラスト!」
「ハ、ハシゴ! …ホ、ホウキッ! …はぁ。はぁ」
「できたじゃないか。さすがはスポーツあやとり、未来の金メダリストだ。ハシゴ・ホウキ・コンビネーション、打ち込み1000本! よくやった。では本日のトレーニングは、これで、終了!」
「はぁ、はぁ。ありがとうございました!」
「うむ。お疲れ。念入りにストレッチしとけよ。明日はもっと厳しいトレーニングメニューだからそのつもりでな。帰るとき、体育館の電気消してけよ」
「えーっと、ちょっといいですか先生。あのぉ、ご相談があるんですが」
「おいおいー。なんだたかし、改まって。まさかおまえ、『部活やめます』なんて言い出すんじゃないだろうな」
「いえ、…っていうか。ちょっとこないだ不安になったんです。こんなトレーニングしてていいのかなって。ハシゴホウキハシゴホウキなんて…」
「わっはっは。地道な基礎練習が一番大切なんだ。おまえだってわかってるだろ。おまえは、わが校のあやとり部のエースじゃないか」
「いや、そこなんです。あやとり部って…」
「スポーツあやとりだ。あやとりで世界の頂点を目指すんだろう?」
「目指せ、ますか?」
「目指せるとも! 部員ひとり、顧問ひとりの、ちっぽけなあやとり部ではあるがな」
「その、あやとり部なんですが…」
「あやとりは小指がいのち! おまえは100万人にひとりの小指の持ち主なんだ。神の小指。小指を制する者は世界を制する!」
「あの…」
「世界大会の晴れ舞台で、おまえの自慢のスカイツリーを決めてみせろ。世界中で誰ひとりとしてまねができない、『東京スカイツリー4回転半ダブルコーク』を、な! 次の東京大会で、めざせ金メダル!」
「先生!」
「どした!?」
「ぼくがやっている、このあやとりって、本当に競技、なんです、よね?」
「おお。もちろんれっきとしたスポーツ競技だ。技術点と芸術点とで評価される。正式な国際ルールでは、使う糸の長さによってクラスが分かれているんだ。1メートルまでがあやとりレギュラー級。それ以上の長さの糸を使うとあやとりロング級。中でも特に3メートル以上の長さを使いこなすのが、あやとりエクストラロング級、な。ほかに、色違いの2本の糸を使う、あやとりダブル。紅白の糸で『つる』だとか『初日の出』なんて、見事なもんだ。あやとりアスリートの間では、いま、発光素材、つまり光る糸だな。それを使うのが流行ってる」
「スポーツあやとりの世界って、奥が深いんですねえ」
「そうだろう。これから先、対戦形式も考えてるんだ」
「あ、ちょっ。いま『考えてる』って言いましたよね?」
「ほら、ふたりで向かい合いになって、相手の作ったあやとりの技を、こっちが上手に取って別の形にする。またまた相手が取ってと繰り返して、って、アレな。あやとりの技を見事に返すことができないと、そっちの負け。っていう競技にできるんじゃないかと思って、いま考えてるんだ」
「先生。」
「なんだ」
「スポーツあやとりの競技人口って、世界でどのくらいいるんですか?」
「世界で、か。そうだなあ。ざっと、ふたり?」
「ふたり!? なんですかふたりって! ひとりは僕ですよね。もうひとりは?」
「俺だ」
「わー。わー。だってさっき、トップアスリートは光る素材がどうのこうの…」
「こないだ100円ショップでキラキラした毛糸を見つけてな。なんかこれ、面白そうだなあって」
「正式なルールだとかなんとか…」
「ルールは、おれがひとりで一生懸命考えてるんだ。スポーツあやとり協会の、おれが会長。会員がおまえだ」
「冗談じゃありませんよ! 自分で勝手にでっち上げてるだけじゃないですか。先生。やっぱり僕、あやとり部をやめます」
「そうか。じゃあ、おれの夢。次の東京大会での金メダルは、お預けだな」
「先生。言っときますけどね。2020年の東京大会に、あやとりなんて競技はありませんよっ」
「あれ? いつ俺が2020年って言った? 『次の!』東京大会って言ってるだろ。今度の東京の、その次の、東京大会を目指してるんだ。まずは少しずつ競技人口を増やして、まずは公開競技、そしていつの日か正式種目入りを…」
「いったい何十年後の話ですか。もう、付き合いきれません」
「…やっぱり、やめるか。あやとり部」
「…はい。これまでお世話になりました」
「ああ。受験勉強、がんばれよ」
「…失礼します」
■風前のあやとり部
「…たかし!」
「?」
「最後に一度だけ、おれのあやとりを受けてみないか」
「いいですけど?」
「ふっふっふ。よーし、見てろよ。こーれーがー、おまえにぃ、とれるかあ!」
「先生っ! そ、それは!」
「おまえの得意技、東京スカイツリー4回転半ダブルコークだ!」
「まさか! ぼく以外にそのわざを使える人がいるなんて。さすがは先生…」
「さぁたかし、おのれ自身を乗り越えてみろ!」
「くっ、くっそう」
「さあ、どうだ?」
「うおおお!!! こうして、こうして、…これでッ、どうだあ!」
「うわあ! なな、なんだその技は?!」
「高さ世界一の超高層ビル。ブルジュ・ハリファ!」
「げぇっ! 中東はドバイにある、208階建て、か」
「高さ828メートルです」
「…やったな。たかしっ!」
「せんせいーっ! やっぱりおれ、あやとりを続けます。人気も認知度もまるでないけど。今、このあやとりの向こうにはっきりと未来が見えました!」
「それは、お前自身だ! がんばれよ!」
「はいっ!」
2080年、東京大会。国際スポーツあやとり協会会長となったたかしくんが、優勝選手の首に金メダルをかけることになるのは、まだ先のことでございます。
おしまい。また次回~!
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
これまでの記事は、立川談笑、らくご「虎の穴」からご覧ください。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。