トリュフから味噌まで 進化系「ガード下おでん」3店
東京の「ガード(高架下)下で食べられるおでん」が今、進化している。ガード下は昭和のノスタルジーを感じ、渋くレトロな良さを残しつつ営業を続けるガード下がある一方で、中目黒や神田、高円寺など都内の各駅では軒並みガード下のリノベーションを行い、生まれ変わっている。旧来のものとの差が最も顕著なのが「ガード下で食べるおでん」であろう。従来は「小さなカウンターだけの店で、大将(または女将)が煮込むおでんをつまむ」というイメージだったが、空間や提供の方法も進化している。今回は、新スタイルのガード下おでんが食べられる、都内の3店を紹介する。
1軒目は新宿駅東南口、甲州街道の高架下をリノベーションして生まれた「サナギ新宿」だ。高架下の飲食店といえば、客同士の肩が触れ合う狭いエリアに、区画の小さな店が連なるのを想像するが、ここは「フードホール」と呼ばれる新しい形態。おでんをはじめ、中華の点心、タイ料理、すしなどを提供する屋台風の店が並ぶが、すべて運営は同じだ。客席の斬新さにも度肝を抜かれる。広い敷地に200席もの客席が置かれ、バー、洋館のゲストルームのような部屋、靴を脱いで上がるコタツのある小上がりとエリアが複数あり、客は好きな場所で好きな料理を楽しめる。
サナギ新宿のおでんは、その日のお薦めを入れた「おでん3種盛り合わせ」(800円、税別)、単品の「定番の大根」(250円、同)、「丸ごとトマト」(450円、同)、「浅草ハム粗挽きウインナー」(300円、同)など。おでんより装飾の鮮やかさに目を奪われ、昭和生まれの筆者は「こんな前衛的な場所で作るおでんはおいしいのか」とうがった目で見つつ、ダイコンを食べて驚いた。すっきりした和風だしがしっかりしみ込み、ダイコンの角はきっちり立っている、正統派のおでんだ。
卵やちくわ、トマトも同様。これに一緒に添えてあるからしのセット(和がらし、ユズ味噌マスタード、ニラ入りコチュジャン)を付けて食べると酒が進む。特にダイコンと並んで大人気だという「トリュフ出し巻き卵」(350円、同)はふっくらした出し巻きの口当たりに、トリュフの香りが鼻に抜ける。
「当店は新宿の都市開発の一環で生まれた新しいスペースです。新宿という土地柄、20~60代までの男女、さらに外国人観光客の方まで幅広い層のお客様がいらっしゃいます。サラリーマンの飲み会やデート、女子会、家族連れなど目的も様々ですが、どのお客様にも おでんは圧倒的に人気です。ビールやハイボール、当店オリジナルの日本酒(「サナカップ」)と一緒に、暑い夏の時期も注文が多く入ります」(経営会社のポトマックの浅原満氏)
2番目は中目黒にある「鶏だしおでん さもん」だ。16年に東横線の中目黒駅~祐天寺駅の高架下がリニューアルされ話題になった場所だ。同店は今でも行列ができる人気店である。まさに頭上を東横線が通る真下に店があり、入り口は道路に向かってフルオープン状態。おでんを煮込む大きな鍋は外からもよく見え、道を通る人はおでんのいい香りを感じる。
そんな「ガード下おでん」を文字通り体現した同店で提供するのは、鶏のだし汁で定番のおでん種と、「鶏串」を煮込んだ「鶏だしおでん」だ。白濁したスープはひと口すするとラーメンを入れて味わいたくなるような、強いうま味がある。このだしを芯まで吸った「大根」(280円、税込み)、「はんぺん」(250円、同)、「名古屋コーチン半熟卵」(300円、同)、鶏串の「せせり(首の部位)」(270円、同)、「ねぎ間鶏むね」(280円、同)、はどれも本当においしい。
特に注文が多いという「東京揚げ」(320円、同)は食べたことのない味だ。厚揚げのように見えるが、豆腐ではなく生のダイズ粉と白身魚のすり身を合わせて作るオリジナルのおでん種。もっちりした食感とチーズのようなコクが何とも言えない。ほかにも「キャベツ」(250円、税込み)や「ねぎ薩摩揚げ」(290円、同)など30種類以上のおでん種がそろい、迷ってしまう。
「だしには『大山どり』(鳥取の銘柄鳥)のガラを使い、丸1日かけてじっくり煮込んでいます。鶏串は大山どりの各部位を焼き鳥のように串打ちにして、さらに鶏だしで煮込んだものです。鶏ガラは種類によってだしの味がおでん種に勝ってしまうものもありますが、大山どりはあっさりしていて深みもあり、最もおでんを引き立てるのではないでしょうか」(店長の小川陽氏)
同店は予約は一切受け付けないが、小川さんによれば客の滞在時間も短いため、回転は早い。客のほとんどは女性。中目黒に食べ歩きに来た人や近隣の住人で、駅近のガード下で女性がおでんをアテにさっと酒を飲んで帰る、新型の「おでんバル」と言えよう。
最後は銀座コリドー街に19年2月にオープンした「ちょい呑み和バル 舌舌(タンタン)」だ。コリドー街は昨今進化しているガード下とするのはいささか無理があろうかと思うが、古くから銀座と新橋を結ぶ高架下ということで紹介させていただく。ここは銀座と新橋、さらに有楽町駅からもアクセスが抜群で、夕方4時から金曜と祝前日は翌朝3時まで営業。早くも繁盛店になっている。同店のウリは「名古屋めし」で、酒とともに愛知県産の銘柄鶏「奥三河どり」の焼き物や唐揚げ、名古屋名物の台湾ラーメンを提供する。なかでも強い人気を誇るのが、真っ茶色に染まった「味噌おでん」だ。
高さ7~8センチはありそうな「大根」(160円、税別)、「玉子」(130円、同)、「こんにゃく」(150円、同)、「ちくわ」(170円、同)、「厚揚げ」(170円、同)、「平天」(170円、同)と、「おまかせ4種盛り」(600円、同)が注文できる。チョコレートのような見た目の濃厚さやインパクトとは逆に、食べるとダイズの優しい甘みやまろやかさを感じ、だしがしみた具材と合わせて何を食べても味わい深い。おでんと一緒によく出るというハイボールを合わせると、ウイスキーの苦味と味噌の甘さ、おでん種のうま味が順番に来て、箸もグラスも止まらなくなる。
「おでんはすぐ売り切れてしまうので、毎日朝から仕込んでいます。八丁味噌と西京味噌、ザラメを合わせただしで、最初はさらっとした状態ですが、4時間以上煮込むことで野菜や具材のだしも加わり、コクや濃厚さが出ます。1カ月以上試行錯誤を重ねました」(料理長の山下茜氏)
店長の梶川健治氏によれば、この味噌おでんを求めて、夕方の早い時間帯は30~50代のサラリーマンやシニア客が訪れる。そして銀座コリドー街は今、都内有数の出会いの場になっているそうで、同店でも21時以降深夜までは若い独身男女グループの来店が多いが、意外にも20代にも味噌おでんはウケて注文率が高いという。
従来のイメージから様々な進化を続けるガード下おでん。ただし3店に共通していたのはどのおでんも実に味わい深く、食べると胃も心も芯から満たされるのだ。しかも「暑い時期も関係なくおでんは売れる」とのことで、日本人のDNAにおでん愛は刻み込まれており、今後もガード下おでんは形を変えて生き続けていくのだろう。
(フードライター 浅野陽子)
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