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アマチュアは消滅 五輪は世界最高峰のプロが集まる場

2019/5/11

五輪は長らくアマチュアだけに扉が開かれた大会だった。スポーツは金もうけの手段ではないとするアマチュアリズムを掲げ、当初は学校の体育教師さえアマとは認められなかった。

興行スポーツに出場したプロはもちろん排除。1970年代初めまでは五輪選手がその知名度を使って広告などで企業から報酬を得ることも許されなかった。ある意味で五輪は生活の心配なく競技に打ち込める経済的余裕のある若者だけが目指せる舞台だった。

20世紀後半になると、先進国ではスポーツが万人の娯楽となった。人気スポーツのスター選手に注目と資金が集まるのは当たり前の時代。国が選手を選抜して育成する社会主義国のステート・アマの存在もあり、国際オリンピック委員会(IOC)は74年に現実にそぐわなくなったアマチュア規定を五輪憲章から削除した。以後、80年代から一気に進んだ五輪の商業化とともにプロ化が加速、4年に1度の五輪は世界最高峰のプロが集結する華やかな祭典に変貌していった。

だが、日本では五輪スポーツのプロ化は90年代末まで進まなかった。競技団体が強化資金を捻出するために、選手が自分の肖像権を競技団体に預ける独自のルールがあり、勝手に企業の広告やテレビ番組などに出演して稼ぐことが許されなかったからだ。

今ではテレビCMなどで五輪アスリートが登場しない日はない。メダルを獲得すれば競技団体などから報奨金も支払われる。どんな競技でも選手達は自らの価値を活用して競技を続けるための資金を得ようと知恵を絞っている。五輪でアマチュアという言葉はすでに意味を失っている。

(編集委員 北川和徳)

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