研究者や職人も「五輪出たい」 競技用具で技術力示す

東京都大田区の町工場が中心となって国産のそりを開発し、冬季五輪での採用を目指した「下町ボブスレー」さながらの計画が、同じ東京の下町、江戸川区で進行している。舞台は70メートル先の的へ向かって矢を放つアーチェリー競技。今では皆無となった国産の弓具復活へ、中小企業5社が立ち上がった。

アーチェリーの部品を手に打ち合わせをする西川精機製作所の西川喜久社長(東京都江戸川区)

江戸川区の「下町アーチェリー」

町工場から世界に打って出ようと動き出したプロジェクトは、西川精機製作所の西川喜久社長の趣味から始まった。11年に区のアーチェリー協会が主催した初心者講習会に参加。「もともと弓に憧れがあって」とりこになり、「自分で作ってみたい」との熱い思いがふつふつと湧いてきた。「職業病ですかね」。かつて複数あった国内メーカーは採算が合わずに次々と撤退。国産が消えたと知り、金属加工をなりわいとする職人としての血が騒いだ。

手掛けたのは「ハンドル」と呼ばれる持ち手部分。最初は見よう見まねで寸法を測り、金属を削って試作してみた。もちろん、興味本位の代物は完成度が低く「全然ダメ」。だが、その噂は人から人へと伝わっていく。3年ほど前、国内メーカーで40年余りアーチェリーの生産・販売に携わっていた本郷左千夫さんに縁あって出会ったことが、その後の急激な技術の進歩につながった。

「かつて世界をリードしてきたのはメード・イン・ジャパンだった。私もやり残したことがたくさんあったのでお手伝いしたかった」と本郷さん。監修の依頼を引き受けて材質から形状までノウハウを伝授した。ハンドルとその上下に付ける「リム」との接合部分に工夫を凝らし、持ち手も手の小さい日本人にフィットする形にこだわった。

部品は機械で削り出す

海外メーカーが主流の中、矢を射る際のブレが少ない安定感には自信を持つ。金属加工機で12キロのアルミニウム合金を1.2キロまで削り込む作業は、米を磨いて製造する日本酒の工程に通じるものがある。

東京五輪での採用を旗印に掲げ、17年からは「プロジェクト桜」として区内の5社と連携。西川精機ではできない塗装やプラスチックのグリップの製作などを分担する。

3度の試作を経て、4月下旬には実際に販売するハンドルの製造に取りかかった。5月中に10台ほど生産する予定。その後は販売ルートを確保しながら製品のテストを繰り返し、年内に販売したい考えだ。西川社長は「選手と用具は一心同体でなければいけない。我々に賛同してくれて、ぜひ使ってもらいたい選手がいたら単独でオファーをかけるかも。最大限動いていきたい」と力を込める。

五輪で高まる機運を利用して地域振興にも役立てたい――。それはプロジェクトを立ち上げた際の理念でもある。「アーチェリーを日本で復活させて、江戸川区を唯一の生産拠点にしたい」。ものづくりを支える職人たちの意地と夢が、再び世に放たれようとしている国産アーチェリーには詰まっている。

(渡辺岳史)