具も食べ方も進化形 人気カレー店が今度は豚汁専門店
東京・JR代々木駅のほど近くに女性に人気の豚汁専門店がある。その名は「ごちとん」。「野菜を食べるごちそうとん汁」の略である。「ごちそう」の名の通り、肉や豆腐がドーンとのっていて、野菜もたっぷりで食べ応えがあり、豚汁1杯だけでもお腹いっぱいになる。
ひき肉のカレーが乗った豚汁や、サンドイッチの具の定番、ベーコン、レタス、トマトが入った「BLT豚汁」など、ちょっと変わったメニューもあり、まさに「和食の進化形」だ。
同店を経営するバックパッカーズの代表、佐藤卓さんにオープンのいきさつなどについてうかがった。
「私どもは同じ代々木で2007年から『野菜を食べるカレー camp』を経営しています。campが10周年を迎える際に、常連のお客さまに何か恩返しをしたいと思い、以前に人気だったメニューを復活させようと考えました。そのメニューというのが和風のカレー、『豚汁カレー』でした」
campは「昔、キャンプで仲間と作った野菜たっぷりのカレー」がコンセプト。現在では駅ナカや海外を含め20店舗以上を展開する人気店だ。豚汁カレーは「スープカレーが食べたい」という常連客のリクエストで作った期間限定メニューだった。
「でも、単に昔のメニューを復活させてもインパクトがない。それで近所に店ごと作ろうということになったのです。ただ、豚汁カレーの専門店だと、campの常連さんは喜ぶかもしれないけれど、それ以外のお客さまには理解してもらえないだろうと考えました。それでカレーの部分をはずして、豚汁だけのほうがいいのではないかということになったんです」
常連客から聞いた「外食の悩み」も「和の業態」に進出するヒントになったという。
「通常、カレー店では男女比が8対2くらいの割合で男性が多いのですが、campはその逆で女性が圧倒的に多いのです。女性のお客さまと接しているうちに、女性には気軽に入ってサクッと食べられる和食の店がないということが分かったんです。確かに我々男には牛丼店や立ち食いそば店があるけれど、女性はちょっと入りにくい。これは男性にはまったく気がつかない視点でした」
客目線ではなくビジネスの面からいえば、カレー店のオペレーションが豚汁店に応用できるのは好都合でもあった。
「豚汁とカレーは実は似ているんです。使う具材も似ていますし、調理方法もほぼ一緒。最後に味噌を入れるかルーを入れるかの違いです。調理オペレーションが同じなので、どういう厨房にすればよいかとか、どの工程に人を配置すればよいかなども分かっていました。新しい業態に進出するのにそれほどハードルが高くなかったというのも理由の一つです」
こうして2017年3月に「ごちとん」はオープン。一般的な豚汁には豚バラの薄切りにイチョウ切りの野菜、短冊切りのこんにゃくが使われる。が、同店の2つの看板メニュー「西京味噌のごちそう豚汁」と「江戸甘味噌のごちそう豚汁」は、豚肉は骨付きスペアリブ、野菜はカレーに入っているようなゴロンとした乱切りで非常に個性的だった。
アッという間にSNS(交流サイト)などで「豚汁の常識を覆す!」「いい意味で裏切られた!」と評判になり、繁盛店の仲間入りをした。姉妹店だとはことさらにうたってはいないが、豚汁を飲み干すとどんぶりの底には「camp」という文字が書いてあって、campの常連は「ああ、やっぱりな」とニヤリとする。そんな遊び心のある仕掛けも話題になった。
「campのときには野菜を食べるカレーというコンセプトが最初はなかなか受け入れられず、スロースタートとなりましたが、ごちとんはロケットスタートでしたね」
以来店は盛況にもかかわらず、先月はリニューアルのために1週間休業し、スペアリブにゴロゴロ野菜の看板メニューを大胆にも刷新してしまった。「10周年記念というノリで立ち上げてしまったところがあるので、2年たったところで一度見直してみようと思ったんです」と佐藤さんはリニューアルの理由を語る。
さて、生まれ変わったごちそう豚汁は、あぶった豚しゃぶ肉に大胆に半丁そのまま乗せた木綿豆腐、細切りのタマネギとハクサイ、糸こんにゃくに小口切りの青ネギが入ったもの。あぶった肉は香ばしく、野菜はリニューアル前と同様、甘さが引き立ち、とてもおいしかった。
しかし、今回のリニューアルの一番の違いは見た目や具材でなく、実は「だしのとり方」だとか。
「リニューアル前はスペアリブを煮た汁をだしにしていましたが、今はシンプルにコンブでだしをとっています。豚汁のおいしさについて休業中に研究した結果、ラード(豚肉の脂)、根菜類から出る味、味噌、コンブのうまみ、この4つがポイントだということが分かりました。この4つが入っていれば具を入れなくても豚汁の味になるんです」
なるほど、言われてみれば、リニューアル前は味も見た目も豚汁というよりは「みそ仕立ての和風シチュー」だったかもしれない。が、今の豚汁は野菜たっぷりというcampのスピリットをそのままに、より「和食」に原点回帰した形となった。
リニューアル前のスペアリブの塊肉にゴロゴロ野菜ほどの見た目のインパクトはなくなったが(スペアリブはトッピングのひとつとして存続)、今回、和食に回帰したことでおいしい食べ方のバリエーションも広がったようだ。
お店がおススメするおいしい食べ方は(1)体育会系男子のように、汁を吸った肉をご飯にワンバンさせて食べる(2)細切り野菜と糸こんにゃくを、麺をすするようにしながら、スープを味わう(3)残ったスープにご飯と生卵を入れて雑炊として味わうーーだとか。
牛丼店で「つゆだく」を頼み、残ったご飯に生卵を入れるとか、つけ麺店で残ったスープにご飯と生卵を入れるといった感覚だろうか。
野菜は乱切りでなく千切りにしたことで麺のように食べるという楽しみ方が生まれた。また、スペアリブでなく豚しゃぶ肉になったので、私は「勝手に豚丼」を楽しませてもらった。
味のしみた大きな豆腐を乗せて、おでん屋さんの「とうめし」(豆腐めし)をまねるのもおいしそうだ。
「牛丼店や立ち食いそば店や定食店など、気軽な和の業態の店にはいろいろな『気取らないおいしい食べ方』が存在します。豚汁でもそういった楽しみ方をしてもらえれば」と佐藤さん。
納豆や粉チーズ、パクチーなどのトッピングもいろいろあるので、新しい食べ方はまだまだ広がりそう。「ちょっとお行儀が悪いんだけど」と言い訳しながら、自分なりのおいしい食べ方を見つけてみようではないか。
(ライター 柏木珠希)
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