イメージ通りに動けない 加齢で衰える「巧緻性」とは
体の健康を保ち、いつまでもパワフルに働くには、正しい運動と食事、そして休息のバランスが取れた生活が必要だ。そこで、著名なフィジカルトレーナーである中野ジェームズ修一さんに、遠回りしない、結果の出る健康術を紹介してもらおう。
今回は、年を取ると衰えてくる「巧緻性(こうちせい)」についてだ。体が思うように動かなくなる場合、この能力を高めるトレーニングが必要になる。
イメージした通りに体が動かないのはなぜ?
人はみな、年齢を重ねると体の動きが悪くなる。例えば、何もないところでつまずいたり、階段の上り下りでバランスを崩しそうになったり、お釣りを受け取ろうとして落としてしまったり、という経験はないだろうか。
つまずいたら、脚の筋力が衰えたのかなと思うかもしれないが、それだけではない。これは「巧緻性」と呼ばれる、頭の中でイメージした通りに体を動かす能力の問題でもあるのだ。
フィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一さんは、「体を動かすときには、頭の中のイメージを実現するために、脳から司令が出て筋肉が動き、一つの動作が完成します。年を取るとこの一連の働きが低下して、体が思い通りに動きにくくなるのです」と解説する。
つまり、巧緻性には神経系の伝達が大きく関わっているというわけだ。
「子どものころから工作や絵画が得意な人がいますが、手の指をうまく動かして、頭の中のイメージを具体的に表現するためにも、巧緻性が必要です。手先が器用なのは、神経系の伝達がうまくいっているということです」(中野さん)
年を取ると、やはり手で細かい作業をするのが難しくなってくる。それも巧緻性の衰えなのだ。
前回記事「年々感じる『体力の衰え』 その正体と予防のコツ」で、年々感じる「体力の衰え」を回復させるための運動について中野さんに教えてもらった。それでは、巧緻性の衰えはどうすれば防げるのだろうか? 頭の中でイメージした通りに体が動かなくなり、立つ、歩くといった基本的な日常動作にも支障が出てきたら大問題だ。
脳と神経伝達系を鍛えるのも、運動しかない
「実は、歩いたり、階段を上り下りしたりといった普段の動作でも、脳は莫大な量の情報を処理しています。その最大の仕事は、片足立ちになったときにバランスを崩さないようにすることです」(中野さん)
バランスを保つためには、視覚や足の裏の感覚、筋肉からの情報と、三半規管(前庭系)からの情報を小脳で処理し、骨格筋を動かす指令を大脳から出す必要がある。
「不安定な姿勢から回復しようとして筋肉を動かした後も、小脳が情報をチェックして、うまくいっていなければ、大脳から修正指示を出します。歩くという動作でさえ、多くの情報を小脳と大脳が瞬時に連携して処理しています。高齢になると、この神経伝達系が衰えることで、巧緻性が低下してくるのです」(中野さん)
筋肉の衰えであれば、筋力トレーニングをすれば対策できる。しかし、脳や神経伝達系は、どのように鍛えればいいだろうか。「実は、脳と神経伝達系を衰えさせないようにするためにも、やはり運動するのがいいんですよ」と中野さんは言う。
「脳を鍛えると言うと、パズルのようなものを解くイメージがあるかもしれません。でも、巧緻性の衰えを予防するなら、運動によって脳に多くの情報を処理させて、それを神経系が筋肉に伝えるということを繰り返す必要があります」(中野さん)
神経伝達系もトレーニングによって鍛えられ、衰えを防止することができる。中野さんによると、積極的に歩いたり、走ったり、あるいは家の中で片足立ちすることでも巧緻性を保つことに役立つという。つまり、あえて体が不安定な状態を作り出すことが大切なのだ。
「お勧めなのは、バランスボールです。バランスボールに座って、体を安定させようとすることも効果的です。また、筋トレなら、片足を前に出して体重を乗せるフロントランジのような種目でも、体が不安定な状態になります。マシントレーニングのように、体を安定させた状態で行うよりも、自分の体重を使ったトレーニングのほうが、巧緻性を保つには役立つのです」(中野さん)
幼少期に身につけた巧緻性は衰えが少ない
ここまでは、年を取るにつれて巧緻性が衰えてくる問題について考えてきた。一方で、「最近は子どもたちの巧緻性が低下してきていることも問題です」と中野さんは言う。
「実は、巧緻性は幼少期に一番発達します。特に"ゴールデンエイジ"と言われているのが、6歳から12歳くらいの間です。それが、神経系が最も発達する時期だからです」(中野さん)
さらに付け加えると、12歳くらいからは心肺機能が大きく発達し始め、16~17歳くらいからが筋力が発達し始める時期だ。
「昔は木登りをしたり、公園のジャングルジムで遊んだりすることで、自然と巧緻性が身についていました。特にジャングルジムは最適です。登ったり降りたり、潜って抜けたり。どの場所を抜けたら一番早く目的の場所に行けるかを考えたりすることが、巧緻性を高めることに役立ちます」(中野さん)
体を巧みに動かす能力は、神経細胞と神経細胞がつながることで発達していく。そして、幼少期にできた神経のつながりは、よほどのことがない限りなくなることはない。一度自転車の乗り方を覚えてしまえば、しばらく乗っていなくても、すぐにこぎ出せるのもそのためだ。
「幼少期に巧緻性が培われていると、思うように体が動かせますから、その後にスポーツを始めたときも、スキルを習得するのが簡単になるんです。でも最近は、外遊びをすること少なくなったので、子どもの巧緻性が低下し、それがそのまま大人になってからの巧緻性の低下につながっています。鉄棒の逆上がりができない子どもが増えていますが、実は親も自分ができないから教えられなかったりするのです」(中野さん)
それでは、幼少期に巧緻性をあまり獲得できなかった人は、スポーツをやってもうまくならないのだろうか?
「そんなことはないですよ。それまで未経験だった人が、40歳を過ぎてからゴルフやテニスを始めた場合、最初はぎこちない動きかもしれませんが、練習していくうちに素早く、スムーズな動きでプレーできるようになるはずです。プロ選手並みとはいかないかもしれませんが、巧緻性は高められるんです」(中野さん)
「もう年だから…」と諦めてはいけない。40歳を過ぎてからでも、巧緻性が衰えないように運動するだけでなく、スポーツを通じて巧緻性を高めることも可能なのだ。できる限り体を動かして、健康な状態を保っていこう。
(ライター 松尾直俊)
スポーツモチベーションCLUB100技術責任者、PTI認定プロフェッショナルフィジカルトレーナー。フィジカルを強化することで競技力向上やけが予防、ロコモ・生活習慣病対策などを実現する「フィジカルトレーナー」の第一人者。元卓球選手の福原愛さんなど多くのアスリートから支持を得る。日本では数少ないメンタルとフィジカルの両面を指導できるトレーナーとして活躍。最新刊は『医師に「運動しなさい」と言われたら最初に読む本』(日経BP社)。
[日経Gooday2019年4月17日付記事を再構成]
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