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「足元しっかりと見らんと」 姜尚中氏を打つ母の言葉

2019/4/25

動き始めた朝鮮半島情勢
世界に新たな秩序をもたらす
南北融和の流れを後退させるな

――2018年から朝鮮半島情勢が大きく動き出しました。政治学者として長年にわたり東アジア情勢を注視してきた姜さんは、北朝鮮をめぐる動きをどうご覧になっていましたか?

オバマ政権時代の「戦略的忍耐」、つまり北朝鮮が非核化の意思を表明しない限り対話しないという政策をトランプ大統領はひっくり返し、「戦略的対話」に乗り出しました。その結果実現した2018年6月の米朝首脳会談で、米国と北朝鮮は平和と繁栄のための関係構築を誓い合った。朝鮮半島、東アジアのみならず、世界全体に新しい秩序が生まれる動きだと考えています。

よく批判されるように、北朝鮮の非核化に向けた具体的な道筋はついていません。また、国際関係をディール(取引)で進めようとするトランプ氏に、東アジアの新しい秩序のグランドデザインがあるとも思えない。それでも、米朝が戦略的対話の段階に移った意味はとてつもなく大きいと思います。

――戦略的忍耐はなぜ何の成果ももたらさなかったのでしょうか。

トップ会談なしの実務者レベルの交渉だったことが大きいと思います。しかも米国は、例えて言うなら刃物を持った相手に対し、「刃物を捨てない限り新しい関係はつくらない」と迫った。結果、NATO( No Action,Talk Only)に終わってしまった。今回はまずトップ会談で「平和と繁栄の新しい関係」を築くことを約束し、そのための関係性づくりには非核化が必要とするアプローチを選んだ。これこそが米朝首脳会談の肝であり、新しい世界秩序構築への大きな一歩だったと言えるでしょう。

――朝鮮半島情勢が大きく動き出す少し前、姜さんの人生にも大きな変化があったそうですね。

5年ほど前になりますが、長年住んでいた千葉の一戸建てから、妻と二人で長野県の高原に移り住みました。それまでの都会生活とは一変、今は畑で野菜を育て、庭に咲く季節の花々に癒やされる日々を送っています。

――なぜ都会を離れようと思ったのでしょうか。

68歳になったのですが、還暦を過ぎた頃から無性に「山に住みたい」と思うようになったのです。熊本県の田舎に生まれた僕は、子供時代からずっと東京に憧れを抱いてきました。磁石に引き寄せられるように大学進学のため上京し、何か違和感を持ちながらも、ずっと東京で仕事をしてきました。自分を社会的に認知してほしいという野心があったのでしょう。でも年を重ねるうちに、そういうものが重荷になってきた。

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